第5回(2013)会合「特別講演」要旨(2013年3月23日 同志社女子大学)  宮原牧子
英国バラッド詩、10分の1の魅力ーThe Nation’s Favourite Poemsにおけるバラッド詩の位置づけ ~Alfred Noyesを中心に~

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1994年、イギリスでNational Poetry Dayが制定された。翌年、この日を祝う目的でBBC主催の全国調査が行われ国民が好きな詩100選が決定し、1996年にアンソロジーとして出版された。100編の作品の選定については、これまで様々なメディアを通して反論がなされてきた。しかし選ばれた作品はいずれも、一般読者の生活の中に浸透しているものばかりである。そのほとんどが、中等部以下の学校教育の中で教科書や教師によって教えられる作品であり、さらに小説・映画・ドラマ・歌に引用されることによって、人々の記憶に留まっているものばかりである。読書という行為が、人々の一番の娯楽でなくなった現代、このアンソロジーに収められた詩は、一般の人々が一番慣れ親しんでいるメディアを通して、真に定着した作品ばかりなのである。

100編の詩の中には丁度10編のバラッド詩が収録されているが、選ばれた作品は実にバラエティに富んでいる。

順位 作品名 詩人名
2 The Lady of Shalott (1895) Alfred, Lord Tennyson (1809-92)
15 The Highwayman (1906) Alfred Noyes (1880-1959)
23 Sea-Fever (1902) John Masefield (1878-1967)
27 Cargoes (1902) John Masefield (1878-1967)
28 Jabberwocky (1871) Lewis Carroll (1832-98)
29 The Rime of the Ancient Mariner (1797-98) S. T. Coleridge (1772-1834)
54 The Ballad of Reading Gaol (1897) Oscar Wilde (1854-1900)
59 A Red, Red Rose (1794) Robert Burns (1759-96)
74 The Charge of the Light Brigade (1854) Alfred, Lord Tennyson (1809-92)
88 The Ruined Maid (1866) Thomas Hardy (1840-1928)

 100編の詩はテーマ別に分類すると、上位から、「人生」、「自然」、「恋愛」、「信仰心」、「ゴシック・ファンタジー」、「歴史」、「戦争」、「愛国心・風土」、「その他」となる。「その他」の中には「海洋」、「飛行」、「社会風刺」、「宗教風刺」、「アウトローもの」、「監獄もの」、「形而上詩」、「ナンセンス・コミック」といったテーマが挙げられるが、上に挙げた10編の内、15位の「ハイウェイマン」はゴシック・アウトローバラッド、28位の「ジャバウォックの詩」はナンセンス、54位の「レディング監獄のうた」は「監獄もの」、そして88位の「Ruined Maid」は社会風刺詩であり、「その他」に分類した作品の多くがバラッド詩であると指摘することができる。つまり、このアンソロジーにおけるバラッド詩の役割とは、様々なジャンルを網羅しつつ、バラエティ豊かなアンソロジーの成立を後押ししていることなのである。  

これらバラッド詩10作品の作者である8人の詩人の中では、15位のアルフレッド・ノイズの名前が日本ではあまり知られていない。しかしノイズのバラッド詩は、伝統的な文学の系譜上にありながら、しかも現代の読者にとっても極めて魅力的な作品である。1930年に出版されたAlfred Noyes の著者Walter Jerroldはノイズを“a poet who has lent himself to no vagaries of the moment, but has been content to develop the great tradition of the great poets who have made the English language the vehicle of the world’s richest body of poetry.”1 と評価しているが、これは、「ハイウェイマン」の斬新さにばかり意識を奪われる読者にとって、とても新鮮なコメントとして受け取られることだろう。

「ハイウェイマン」は、名も無いハイウェイマンと恋人Bessの物語である。必ず戻ってくるという言葉を残してひと仕事しに出かけていったハイウェイマンを待ちわびるベスの元に、王の兵隊たちがやって来る。兵隊に待ち伏せされる恋人に危険を知らせるため、ベスはライフルで自らの命を絶つ。その銃声で命拾いしたハイウェイマンだったが、街で恋人が死んだことを知り、戻ってきたところを兵隊たちに撃ち殺される。作品全体には、Rossetti、Morris、Swinburneといったラファエル前派の詩人たちの詩の表現の影響が見られる。また、ノイズは、自伝Two Worlds for Memory (1953)の中で、自分が「ハイウェイマン」を書くにあたり影響を受けたのは、少年時代に読んだWilliam Harrison AinsworthのRookwood (1834)であると述べている。荘厳なゴシック建築の描写からはじまるこの小説は、墓地を舞台に怪奇現象が起こる中、主人公の報われない三角関係の恋が描かれる、という「ゴシック・ロマンス」であるが、その中に愛馬Black Bessに乗ったDick Turpinが登場し、陰鬱な物語にアウトローの捕物というアクションの要素を加えている。この小説のもつゴシックと、悲恋というモチーフ、そしてターピンと愛馬ベスとの間に交わされる愛情は、大きく「ハイウェイマン」の作品の成立に影響を及ぼしていると言える。このように、「ハイウェイマン」には19世紀の詩や小説の影響が多々見られる。  

一方で詩の形式やストーリー展開は極めて伝承バラッド的である。ところが、その中にもノイズの20世紀詩人らしい現代的な感覚も伺われる。

She twisted her hands behind her; but all the knots held good! 
She writhed her hands till her fingers were wet with sweat or blood!  (st. 10, 1-2)2

伝承バラッドに度々登場するlove-knot、「恋結び」でおなじみのknotという単語に異なる意味が込められている。また、2行目は“wring their fingers white”という悲しみを表現する伝承バラッドの常套句を彷彿とさせるが、ここでもノイズは「汗と血」というリアリスティックな表現を用いることで、現代的な信憑性と臨場感を詩に与えている。また、このバラッド詩の面白さの一つは、死んだ二人の恋人たちの再会を描いた最後の2連にあると言える。

And still of a winter’s night, they say, when the wind is in the trees, 
When the moon is a ghostly galleon tossed upon cloudy seas, 
When the road is a ribbon of moonlight over the purple moor, 
A highwayman comes riding — 
        Riding — riding — 
A highwayman comes riding, up to the old inn-door.

Over the cobbles he clatters and clangs in the dark inn-yard. 
He taps with his whip on the shutters, but all is locked and barred. 
He whistles a tune to the window, and who should be waiting there 100 
But the landlord’s black-eyed daughter, 
         Bess, the landlord’s daughter, 
Plaiting a dark red love-knot into her long black hair.   (sts. 16 & 17)

イタリックで表記された最後の2連は、この作品の1連目と3連目を、一部を変化させ繰り返したものであるが、1行目の“they say”からも解るように、この2連は語り手にとって不確かな話、つまり亡霊となった二人の再会の話である。伝承バラッドの世界において、死んだ恋人たちは当然のように再会を果たすが、20世紀の詩人ノイズの描く死後の再会は、このような不確かさ、曖昧さの中で描かれるのである。さらに、この2つの連はすべて現在形で書かれている。この現在形は、二人の再会を永遠のものとしたいという詩人の思いであり、伝承バラッドにおいて死んだ恋人同士が植物に生まれ変わって結ばれるというお馴染みの結末を、非常にわかりやすい形に「変奏」したものであると言える。ノイズのバラッド詩は、イギリスの詩の歴史の中で大きな流れを築いてきた「ゴシック」と「アウトロー」という二つのジャンルを伝承バラッドという土台の上で融合し、さらに現代的な味付けを施した作品なのである。

この魅力的なバラッド詩は、これまでに数多くのメディアに登場してきた。

1914 アメリカ人作曲家Deems Taylorによるカンタータ 全米で公演
1933 イギリス人作曲家C. Armstrong Gibbsによるカンタータ
1951 映画The Highwayman (starring Philip Friend and Wanda Hendrix)
1965 Phil Ochs のアルバム Ain't Marching Anymoreに収録
1979 John Otway のアルバム Where Did I Go Rightに収録
1981 Charles Keepingの挿絵による絵本出版 (OUP)
1985 テレビ映画Anne of Green Gablesに引用
1997 Loreena McKennittのアルバムThe Book of Secretsに収録
2002 小説The Highwayman (Deborah Ballou)
2006~07 児童文学The Highwayman's Footsteps and The Highwayman's Curse (Nicola Morgan)
2011 絵本The Highway Rat (Julia Donaldson) 出版
2013 映画The Highwayman (starring Macleish Day and Marianne Page)公開予定


投票が行われた1995年以降のメディアへの引用も含め、「ハイウェイマン」は人々に愛され続けているバラッド詩なのである。

最後に2点、このアンソロジーの成立に関して指摘したいのは、作者不詳の作品への再評価と、朗読やパフォーマンスを通しての詩の魅力が再認識され始めているということである。1997年以降、次々と出版されているBBC Books出版の詩集には、作者不明の作品、口承の詩が数多く収録されはじめている。また、2009年に投票が行われたThe Nation’s Favourite Poetの調査で第3位にランクインしたBenjamin Zephaniahなどは、レゲエのリズムにのせて多くのコミック・ポエムを発表したり、小学校などで詩の朗読を披露したりしている詩人である。詩のライブ・パフォーマンスは、現在多くの人々の注目を集めている。またThe Nation’s Favourite Poemsで96位にランクインしたMichael Rosenは、ホームページ上に自分の作品を朗読した動画を公開し、人気を博している。本人による朗読やパフォーマンスが、メディアの発達によって復活しつつあるという事実が、詩の一愛好家として嬉しいかぎりである。

(註)
1. Walter Jerrold, Alfred Noyes (London, 1930) 85. 
2. “The Highwayman”からの引用は全てThe Nation’s Favourite Poems (BBC Books, 1996)による。