“Lady Isabel and the Elf-Knight” と“The Harvest-Supper” (Circa 1850)

T. Hardy (1840-1928)は、英文学史上、類まれな多作家である。短編、長編小説は言うに及ばず、詩の数は928編にも及ぶが、その世界は同時代の作家、詩 人たちの作品とは極めて異質である。その要因の一つは、彼の大半の作品の背景と伝承バラッドとの関係が極めて深い点にある。本稿は、伝承バラッド “Lady Isabel and the Elf-Knight” (Child, No. 4)とHardy のバラッド詩“The Harvest-Supper” (1) の接点について記してみる。

Hardyがバラッドに関心を示したことは、『ハーディの生涯』(2) の所々で詳述されている。彼が育った頃のイングランド南部のDorset州には、まだ中世の佇まいが色濃く残されていて、村人たちは迷信や魔術を信じる フォークロアの世界に生きていた。早熟だったHardyは、村人たちの語る伝説、近隣で起きた様々な事件、ゴシップなどに異常なまでの興味を示し、メモに 残していたほどで、それらは後の作品の基調の一部となっている。10歳の頃、彼は村の収穫祭に招かれた。その祭りでは必ずバラッドが歌われ、それに合わせ て村人たちはジッグやリールを踊った。その宵には“The Western Tragedy”,“May Colvin”,“The Outlandish Knight”などが歌われ、中でも若い娘たちが納屋のベンチに座って美しい声で歌った“The Outlandish Knight” は幼いHardyの心に強い印象を与えた。(3)  その光景は長いあいだ脳裏に焼き付けられていたが、80歳を過ぎてバラッド詩“The Harvest-Supper” (Circa 1850) に纏めて、New Magazine (1925) に発表した。“The Outlandish Knight” は、伝承バラッド“Lady Isabel and the Elf-Knight” のDorset版である。ストーリーは、7人(又は6人)の美しい娘を次々に殺害した不実な騎士が、逆に8人(7人)目の娘に殺される、というものであ る。

“The Harvest-Supper”は、“Nell and the other maids sat in a row / Within the benched barn-nook; / Nell led the songs of long ago / She’d learnt from never a book.”(st. 2) と主人公のNellがバラッドを歌うところから始まる。彼女が連れの軽騎兵と仲睦まじそうに歌ったのは、“. . . the false Sir John of old, / The lover who witched to win, / And the parrot, and cage of glittering gold . . . ”(st. 3)とその内容が明らかにされる。すると彼女たちの歌を聞いていた、一ヶ月前に死んだNellの元恋人が墓の中から、「大昔の偽りの恋人の歌をよくも歌え るものだ あの日 僕に誓った言葉を忘れたのか」となじり、彼女が「もうダンスも、歌も、結婚もしません」と嘆いてストーリーは終る。Nellと幽霊(伝 承バラッドのモチーフの一つ)の関係が、バラッドの内容と形式を借用して書かれた10スタンザ の小品である。

Child 版には“Lady Isabel and the Elf-Knight” の異版が7篇あるが、その中のE版のみに“parrot” が登場する。このオウムから、娘が不実な男を殺した、と報告を受けた王は、最終スタンザで“Thy cage shall be made of the glittering gold, / and the door of the best ivory.”とオウムに褒美を与えようと言う。Hardyが聞いたDorset版では、騎士が自分の咎の口止め料として、“And your cage shall be made o’ the glittering gold, / Wi’ a door o’ the white ivo-rie!” とオウムに約束するところで終っている。象牙の扉の付いた金の鳥籠をもらう理由がChild版とDorset版で異なるのは、口承の過程での変容のためで ある。このようにオウムはその行為の褒美として金の鳥籠をもらうが、因みに「マー伯爵の娘」(Child, No. 270)の冒頭では、ハトがその可愛いさ故に同じ物をもらう、と歌われている。オウムが出てくるE版がDorset州に伝承されたのは興味深いが、 Dorset版を聞いた幼いHardyは、この小鳥のモチーフに子供らしい空想を巡らせたに違いない。

こうして観てくると、“The Harvest-Supper” の中の大昔の偽りのサー・ジョン、男を殺すために魔法を使った娘、オウム、金の鳥籠のモチーフの列挙の意味が明らかになってくる。Hardyは古きもの、 廃れゆくものに並々ならぬ関心を示し、中でもバラッドへの愛着はひときわ強かった。その頃LondonからDorchester (Dorset州の州都) まで鉄道が敷かれ、それまで村人たちが折に触れ楽しんでいた、“the orally transmitted ditties of centuries” が急速に“the London comic songs” に取って代わられようとしていた。(4) 口承のまま伝承されてきたバラッド存続の危機を人一倍憂えていたHardyは、せめて伝承バラッド“Lady Isabel and the Elf-Knight”の一部でもそのまま後世に伝えたい、という強い意図から“The Harvest-Supper” を書き上げたと思われる。これはマイナーなバラッド詩ではあるが、Hardyと一伝承バラッドとの遭遇と、生涯抱き続けたバラッドへの情熱を知る上では一 読の価値がある。

(1) Thomas Hardy. The Collected Poems of Thomas Hardy ( Macmillan, 1968), pp. 739-40.

(2) Florence Emily Hardy. The Life of Thomas Hardy ( Macmillan, 1962).

(3) Florence Emily Hardy, p. 20.

(4) Florence Emily Hardy, p.20.