M. G. Lewis(1775-1818)のThe Monk(1796)は、強姦殺人や近親相姦といったショッキングな性的話題を作品中にちりばめて、1796年の出版時には議論の嵐を呼び起こしたゴシック・ホラー小説である。この小説には、序文代わりのホラティウスの模倣詩から ‘Alonzo the Brave and Fair Imogine’まで、全部で10作の詩が挿入されており、そのうちの4作はバラッド詩である。本ノートを、ゴシック・ホラー小説『マンク』においてバラッド詩はどのような意味を持つのかを考える契機としたい。
ストーリーはスペインの高僧Ambrosioの破滅を描く。アンブロシオは、男装して弟子RozarioになりすましていたMatildaへの肉欲を抑えきれず罪を冒す。マチルダは一旦女の肉体に目覚めたアンブロシオをさらなる罪の深みへと誘惑し、Antoniaへの欲望に火を付けるべく魔術を使って手引きする。アントニアの母Elviraを殺害した後、アンブロシオは彼女を強姦し殺害する。マチルダは悪魔の手先であり、最初からアンブロシオの失墜を画策したことが結末で明らかになる。宗教裁判の判決を恐れるアンブロシオは、悪魔に魂を売り渡して逃亡する。悪魔は、アントニアはアンブロシオの実の妹で、エルヴィラは実の母親だったことを告げる。悪魔はアンブロシオの脳に爪を立てて彼を裁判所から連れ出し、断崖絶壁の上へ落とす。意識はあっても身体が利かないアンブロシオは、一週間虫や野禽に責め苛まれたあげく、死に至った。
第1巻第1章には‘The Gypsy’s Song’が挿入されている。アントニアと叔母のLeonellaが、アンブロシオの説教からの帰途ジプシーに占いをしてもらう場面である。ジプシーたちの呪術の威力をバラッド・スタンザでうたう「ジプシーの歌」は、アントニアを待ち受ける酷い運命とその不条理さを読者に予感させる。同巻第3章には ‘Durandarte and Belerma’が挿入されている。女であることを告白したロザリオことマチルダはアンブロシオの動揺を鎮めるべくハープに合わせてこのバラッドをうたう。戦いで死にゆくデュランダルデが恋人ベレルマへ、彼の心臓を形見に贈ってくれという遺言を戦友Montesinosに託すというこの歌の感傷性とおぞましさは、アンブロシオの心を慰め、同時に、一層マチルダへの肉欲を煽る。第3巻第1章にはRaymondの恋人Agnesを尼僧院から救出するため、小姓Teodoreがうたう‘The Water King’が挿入されている。これはドイツ詩人Herder(1744-1803)の‘Der Wassermann’(1779)から、ルイスがかなり自由に翻訳した作品であると言われている。(1)魔女の息子である水の王は人間の娘を手に入れるべく、騎士に変身して娘を水辺へと誘い溺死させる。ルイスは1792年ワイマールへ旅行し、文豪Goethe(1749-1832)やドイツ詩人Wieland(1733-1813)に会っている。このバラッド詩はドイツロマン派の傾向をイングランドにいち早く取り入れた成果であろう。第3巻第2章には‘Alonzo the Brave and Fair Imogine’が挿入されている。戦地パレスチナへ行った恋人を裏切って結婚式を挙げたイモジンの宴会の席に亡霊となったアロンゾーが騎士装束で現れ、イモジンと宴会の客はこぞって身の毛もよだつ恐怖を体験する。兜の下から現れた騎士の正体は、目の穴とこめかみに蛆虫が這いずり回る骸骨だった。おぞましい亡霊の出現という超自然現象はイモジンと招待客すべてを精神の苦悶の場へと突き落とす。この歌をアントニアは叔母のレオネラの到着を待つ真夜中に、殺された母親の部屋の本棚から見つけ出す。この歌が喚起する恐怖と苦悩は、これからアントニアが経験するアンブロシオによる偽装毒殺と墓場での強姦と殺害という彼女の究極の恐怖と苦悩の先触れとなっている。同時にこのバラッド詩は‘The Water King’と同じく、ルイスのドイツ趣味を反映している。ドイツ詩人Bürger(1747-94)の‘Lenore’(1773)の、騎士に化けた亡霊が花嫁を墓場へ連れ去るというモチーフをルイスは模倣しているからである。小説中のバラッド詩は魔術、戦いと死と形見分け、異界と呪い、超自然と苦悩といったテーマを扱い、それぞれの場面でゴシック・ホラーの度合いを高める名脇役として機能していることは間違いない。
しかし私が気にかかるのは、ルイスが小説の冒頭に付した‘Advertisement’である。「『水の王』の歌の三節から十二節までは、デンマークの元歌の断片を入れたもの。さらに、『ベレルマとデュランダルテ』の歌は、古いスペインの詩集からとったもので、その詩集には『ドン・キホーテ』に使われた『ゲイフェロスとメレシンドラ』の歌もはいっていた。私はここに、以上の剽窃は自分でも承知でしたこととはっきり発表するが、いまの私にはまったく気付かないもので、もっと多く発見されるであろうことを疑わない。」(2) 何のためにルイスはこの緒言を付したのか。なぜルイスは挿入した詩について「剽窃」という言葉を使ったのか。「勇者アロンゾと美しいイモジン」も模倣詩であり、確かに緒言に告白された以上に剽窃あるいは模倣は見いだされる。ルイスにとって、このゴシック小説にとって、模倣はどのような意味があるのだろうか。
D. L. MacdonaldとKathleen Scherfはルイスの模倣と創作について、次のように指摘する。小説の冒頭に出てくるロレンゾの夢は、Samuel Richardson(1689-1761)作Clarissa(1747)の結末でLovelaceが語る夢と類似し、また『マンク』後半で、アントニアがレイプされ殺害されるというロレンゾの夢のお告げが現実化するのは、『クラリッサ』の冒頭で描かれる夢と類似している。さらに、アンブロシオのストーリーは広義でのファウスト物語であり、ゲーテの『ファウスト』 (1790)と『マンク』には共通点が多々ある。決定的なことは、物語の結末でのアンブロシオの憤死はドイツ作家WeberのDie Teufelsbeschwörung (『悪魔払い』、1791)からの直接的な引用である。(3)これらの指摘に先に挙げたバラッド詩の模倣を加えれば、ルイスのこのゴシック小説はさながら模倣のオンパレードであり、模倣の創作の代表例と言うことができる。しかしマクドナルドとシャーフはこの模倣を評価しないのではない。ルイスの時代は‘intertextuality’という考えはなく、オリジナリティという考えがあったのみであり、彼の示した’pre-text’の援用とコンビネーションは、小説の面白さ、洗練度、オリジナリティという点で成功している、と意味付ける。(4)ここで思い出されるのは、Thomas Percy(1729-1811)編纂のReliques of Ancient English Poetry (1765)によってバラッド・リバイバルが引き起こされ、18世紀後半から19世紀にかけて職業詩人たちによる伝承バラッドを模倣したゴシック・バラッド詩がかなり大量に創作されたという事実である。ルイス自身も1801年に60篇のゴシック・バラッドを集めたTales of Wonderを出版しており、彼自身が間違いなくバラッド・リバイバルの直中にいた。さらに注目したいのは、ルイスは「勇者アロンゾ」をパロディ化した模倣詩“Giles Jollup the Grave and Brown Sally Green”を自ら書き、議論百出となった初版の不穏当部分を削除した1798年の第4版の出版時に、「勇者アロンゾ」の詩の脚注として付していることである。模倣の模倣もルイスには知的刺激だったのである。Friedmanもゴシック・バラッド詩のパロディ性について、 ‘the balladists had no real faith in their ghostly imaginings; indeed, the conscious intention was to create something “spooky”, not to inspire their readers with awe.’と述べている。(5)模倣は時代の傾向の中で身に付けたルイスの創作態度だったのではないか。ルイスが「剽窃」とことわったのは、模倣=創作という彼の創作態度を逆説的に誇らしく表明することだったのではないか。とすれば、『マンク』は、小説の中にバラッド詩が挿入されているのではなくて、バラッド詩の創作がこの小説を生んだということになるのではないか。
 
(1) D. L. Macdonald & Kathleen Scherf, ed., The Monk (2003) 13.
(2) Matthew Lewis, The Monk, ed. Howard Anderson (Oxford UP, 1980) 6. 翻訳文は、井上一夫訳『マンク』(国書刊行会、1995年)による。
(3) Macdonald & Scherf, The Monk, 15.
(4) Macdonald & Scherf, The Monk, 15.
(5) A. B. Friedman, The Ballad Revival: Studies in the Influence of Popular on Sophisticated Poetry (Chicago UP, 1961) 290.

M. G. LewisのThe Monkとバラッド詩

M. G. Lewis(1775-1818)の
The Monk(1796)は、強姦殺人や近親相姦といったショッキングな性的話題を作品中にちりばめて、1796年の出版時には議論の嵐を呼び起こしたゴシック・ホラー小説である。この小説には、序文代わりのホラティウスの模倣詩から ‘Alonzo the Brave and Fair Imogine’まで、全部で10作の詩が挿入されており、そのうちの4作はバラッド詩である。本ノートを、ゴシック・ホラー小説『マンク』においてバラッド詩はどのような意味を持つのかを考える契機としたい。

ストーリーはスペインの高僧Ambrosioの破滅を描く。アンブロシオは、男装して弟子RozarioになりすましていたMatildaへの肉欲を抑えきれず罪を冒す。マチルダは一旦女の肉体に目覚めたアンブロシオをさらなる罪の深みへと誘惑し、Antoniaへの欲望に火を付けるべく魔術を使って手引きする。アントニアの母Elviraを殺害した後、アンブロシオは彼女を強姦し殺害する。マチルダは悪魔の手先であり、最初からアンブロシオの失墜を画策したことが結末で明らかになる。宗教裁判の判決を恐れるアンブロシオは、悪魔に魂を売り渡して逃亡する。悪魔は、アントニアはアンブロシオの実の妹で、エルヴィラは実の母親だったことを告げる。悪魔はアンブロシオの脳に爪を立てて彼を裁判所から連れ出し、断崖絶壁の上へ落とす。意識はあっても身体が利かないアンブロシオは、一週間虫や野禽に責め苛まれたあげく、死に至った。

第1巻第1章には‘The Gypsy’s Song’が挿入されている。アントニアと叔母のLeonellaが、アンブロシオの説教からの帰途ジプシーに占いをしてもらう場面である。ジプシーたちの呪術の威力をバラッド・スタンザでうたう「ジプシーの歌」は、アントニアを待ち受ける酷い運命とその不条理さを読者に予感させる。同巻第3章には ‘Durandarte and Belerma’が挿入されている。女であることを告白したロザリオことマチルダはアンブロシオの動揺を鎮めるべくハープに合わせてこのバラッドをうたう。戦いで死にゆくデュランダルデが恋人ベレルマへ、彼の心臓を形見に贈ってくれという遺言を戦友Montesinosに託すというこの歌の感傷性とおぞましさは、アンブロシオの心を慰め、同時に、一層マチルダへの肉欲を煽る。第3巻第1章にはRaymondの恋人Agnesを尼僧院から救出するため、小姓Teodoreがうたう‘The Water King’が挿入されている。これはドイツ詩人Herder(1744-1803)の‘Der Wassermann’(1779)から、ルイスがかなり自由に翻訳した作品であると言われている。(1)  魔女の息子である水の王は人間の娘を手に入れるべく、騎士に変身して娘を水辺へと誘い溺死させる。ルイスは1792年ワイマールへ旅行し、文豪Goethe(1749-1832)やドイツ詩人Wieland(1733-1813)に会っている。このバラッド詩はドイツロマン派の傾向をイングランドにいち早く取り入れた成果であろう。第3巻第2章には‘Alonzo the Brave and Fair Imogine’が挿入されている。戦地パレスチナへ行った恋人を裏切って結婚式を挙げたイモジンの宴会の席に亡霊となったアロンゾーが騎士装束で現れ、イモジンと宴会の客はこぞって身の毛もよだつ恐怖を体験する。兜の下から現れた騎士の正体は、目の穴とこめかみに蛆虫が這いずり回る骸骨だった。おぞましい亡霊の出現という超自然現象はイモジンと招待客すべてを精神の苦悶の場へと突き落とす。この歌をアントニアは叔母のレオネラの到着を待つ真夜中に、殺された母親の部屋の本棚から見つけ出す。この歌が喚起する恐怖と苦悩は、これからアントニアが経験するアンブロシオによる偽装毒殺と墓場での強姦と殺害という彼女の究極の恐怖と苦悩の先触れとなっている。同時にこのバラッド詩は‘The Water King’と同じく、ルイスのドイツ趣味を反映している。ドイツ詩人Bürger(1747-94)の ‘Lenore’(1773)の、騎士に化けた亡霊が花嫁を墓場へ連れ去るというモチーフをルイスは模倣しているからである。小説中のバラッド詩は魔術、戦いと死と形見分け、異界と呪い、超自然と苦悩といったテーマを扱い、それぞれの場面でゴシック・ホラーの度合いを高める名脇役として機能していることは間違いない。

しかし私が気にかかるのは、ルイスが小説の冒頭に付した‘Advertisement’である。「『水の王』の歌の三節から十二節までは、デンマークの元歌の断片を入れたもの。さらに、『ベレルマとデュランダルテ』の歌は、古いスペインの詩集からとったもので、その詩集には『ドン・キホーテ』に使われた『ゲイフェロスとメレシンドラ』の歌もはいっていた。私はここに、以上の剽窃は自分でも承知でしたこととはっきり発表するが、いまの私にはまったく気付かないもので、もっと多く発見されるであろうことを疑わない。」(2)  何のためにルイスはこの緒言を付したのか。なぜルイスは挿入した詩について「剽窃」という言葉を使ったのか。「勇者アロンゾと美しいイモジン」も模倣詩であり、確かに緒言に告白された以上に剽窃あるいは模倣は見いだされる。ルイスにとって、このゴシック小説にとって、模倣はどのような意味があるのだろうか。

D. L. MacdonaldとKathleen Scherfはルイスの模倣と創作について、次のように指摘する。小説の冒頭に出てくるロレンゾの夢は、Samuel Richardson (1689-1761)作Clarissa(1747)の結末でLovelaceが語る夢と類似し、また『マンク』後半で、アントニアがレイプされ殺害されるというロレンゾの夢のお告げが現実化するのは、『クラリッサ』の冒頭で描かれる夢と類似している。さらに、アンブロシオのストーリーは広義でのファウスト物語であり、ゲーテの『ファウスト』 (1790)と『マンク』には共通点が多々ある。決定的なことは、物語の結末でのアンブロシオの憤死はドイツ作家WeberのDie Teufelsbeschwörung (『悪魔払い』、1791)からの直接的な引用である。(3)  これらの指摘に先に挙げたバラッド詩の模倣を加えれば、ルイスのこのゴシック小説はさながら模倣のオンパレードであり、模倣の創作の代表例と言うことができる。しかしマクドナルドとシャーフはこの模倣を評価しないのではない。ルイスの時代は‘intertextuality’という考えはなく、オリジナリティという考えがあったのみであり、彼の示した’pre-text’の援用とコンビネーションは、小説の面白さ、洗練度、オリジナリティという点で成功している、と意味付ける。(4)  ここで思い出されるのは、Thomas Percy(1729-1811)編纂のReliques of Ancient English Poetry (1765)によってバラッド・リバイバルが引き起こされ、18世紀後半から19世紀にかけて職業詩人たちによる伝承バラッドを模倣したゴシック・バラッド詩がかなり大量に創作されたという事実である。ルイス自身も1801年に60篇のゴシック・バラッドを集めたTales of Wonderを出版しており、彼自身が間違いなくバラッド・リバイバルの直中にいた。さらに注目したいのは、ルイスは「勇者アロンゾ」をパロディ化した模倣詩“Giles Jollup the Grave and Brown Sally Green”を自ら書き、議論百出となった初版の不穏当部分を削除した1798年の第4版の出版時に、「勇者アロンゾ」の詩の脚注として付していることである。模倣の模倣もルイスには知的刺激だったのである。Friedmanもゴシック・バラッド詩のパロディ性について、 ‘the balladists had no real faith in their ghostly imaginings; indeed, the conscious intention was to create something “spooky”, not to inspire their readers with awe.’と述べている。(5)  模倣は時代の傾向の中で身に付けたルイスの創作態度だったのではないか。ルイスが「剽窃」とことわったのは、模倣=創作という彼の創作態度を逆説的に誇らしく表明することだったのではないか。とすれば、『マンク』は、小説の中にバラッド詩が挿入されているのではなくて、バラッド詩の創作がこの小説を生んだということになるのではないか。

(註)

(1) D. L. Macdonald & Kathleen Scherf, ed., The Monk (2003) 13.

(2) Matthew Lewis, The Monk, ed. Howard Anderson (Oxford UP, 1980) 6. 翻訳文は、井上一夫訳『マンク』(国書刊行会、1995年)による。

(3) Macdonald & Scherf, The Monk 15.

(4) Macdonald & Scherf, The Monk 15.

(5) A. B. Friedman, The Ballad Revival: Studies in the Influence of Popular on Sophisticated Poetry (Chicago UP, 1961) 290.