Shall We Sing Bonnie Songs? - 木田直子連載エッセイ(8)

Feis in Ullapool – 6 (アラプールでのワークショップ体験 – その6) 

「直子の足の運びは合っている。でも、ちょっとだけ違う。音をよく聞いて」 フランクがコンビネーションを踏んでいる私にそう言った。確かに音楽に合わない部分がある。スコティッシュステップダンスはスコットランドの音楽に合わせて踊られる。この独特なリズムが難しかった。基本リズムが等間隔ではないのである。 
「フィッシュ&チップスと言いながらステップを踏んでごらん」
じっと考えてからフランクは言った。 
「フィッシュ&チップス!フィッシュ&チップス!」

fish and chips
 fish and chips


フランクがなにを意図しているのか、その時の私には理解できなかった。それは私がスコットランド訛りの英語を知らなかったからに他ならない。この場合の「フィッシュ&チップス」は、日本人発音の「フィッシュ アンド チップス」ではなく、スコットランド人発音の「フィッシャンチプス」。 
さて、ここで言葉のリズムを考えてほしい。日本人のカタカナ発音の「フィッシュ/アンド/チップ/ス」は、等間隔の4拍で数えられる。一方英語の「フィッ/シャン/チプス」は等間隔の3拍。しかし、スコットランド人発音は、最初の“フィ”に強いアクセントがつき、それに加えてNが粘っこく発音されて“ン~”が少し伸び「フィッシャン~/チプス(FI・SHA・N(D)/CHIPS)」で、大くくりの2拍に数えられる。この大くくり2拍の4拍子の曲が、講堂に置かれたCDプレーヤーから練習の間ずっと流れているわけだ。音楽的には4分の4拍子なのだが、4拍に区切ろうにも不均等で単純に区切れない。この均等に区切れない4拍を無理に数えてリズムをとっていた私を見て、フランクは、 
「ちょっとだけ違う」
と言ったのである。 

フランクから習った「フィッシャン~/チプス」というリズムが、「ストラスペイ(Strathspey)」と呼ばれるスコットランド特有のリズムだということを、私は後に知った。ストラスペイ以外でも、「正拍で冒頭に強いアクセント&そのあと伸びた音」というリズムは、スコットランド音楽に非常に多く「スコッチ スナップ(Scotch Snap)」と呼ばれる。私が今、スコットランドの音楽を演奏していて、日本人になじみの薄いこのリズムに悩まされずに済むのは、スコティッシュステップダンスを学んだからと言っても過言ではない。足で踏んで体感したリズムは忘れない。 

午前9時から1時間半余り、スコティッシュステップダンスのクラスでは休むことなく音楽が流れた。各自の課題のコンビネーションを練習する。足をとめる生徒はいない。いつ休みを取らせてもらえるのだろうかと不安になった。 
「水を飲むように」
と、フランクが声をかけるので水を飲みに行く人はいたが、誰もがすぐに戻って来る。それもニコニコ楽しそうに!私は長距離走など持続力が必要な競技には自信があった。でも、1時間半休まず踊り続けるのは辛すぎた。そこで初めて、スコットランド人と日本人の体力は違うのだと気付いた。スコットランド人の筋力や体力は日本人とは比べものにならないほど強靭だ。おじいちゃんも、おばあちゃんも、ハンプティー・ダンプティーの実写版みたいなおじさんやおばさんも、みんな強い!ゲルマン人の強さなのか?バイキングの血が混じっているからなのか?そんなことを考えつつ、足を動かした。 
「ティータイム」
というフランクの声に心から救われた気がした。   

ティータイムの後も1時間半休みなく練習した。最後に参加者全員で大きな輪になった。全員で同じコンビネーションを同時に踏むと迫力満点。全員笑顔で本日の楽しさのピークと言わんばかりに踊り続けていたが、私はひとり、体力の限界を感じていた。笑顔はキープしながら、 
「足が動かない!もうだめだ!」 
と誰もわからないのを良いことに日本語で弱音を吐きつつ、コンビネーションを踏んだ。 

初日とは違う意味で疲れ果てて午前のクラスを終えた。そして、午後のコーラスのクラスでは、気持ちよくハモった。初日とは打って変わって充実したフェッシュ2日目。もう、半泣きで訴えることはなかった。