英国文化振興会(ブリティッシュ・カウンシル) 桝井幹生
<昭和33(1958)年から昭和37(1962)年8月まで>

 昭和33(1958)年、英文科の学部卒業後2年間、香川県高松市の私立新制中・高等学校の英語教師を勤めたあと、京都市の市立中学校の英語教師として京都に戻った。そこで知ったのが百万遍の近くの関田(せきでん)町にあった英国文化振興会(ブリティッシュ・カウンシル)であった。京都支部長はフランシス・キング(1923~2011)で、当時37歳。それから彼の死の数年前までの約半世紀にわたる長い付き合いとなった。
 ブリティッシュ・カウンシルは長いので略してブリカンと言おう。ブリカンでは、図書館の蔵書やレコードを借りたり、キングが司会する英国人ゲストの講演を聴いたり、キングス・カレッジ(イギリス流発音ではコリッジ)と称する英語講座に出たり、勤め先の学校のPTAで講演してもらったり、英語教科書の朗読を録音してもらったりいろいろお世話になった。図書館には本だけでなく、英文学の詩や演劇を録音したLPを借り、クイーンズ・イングリシュではなく師匠のキングズ・イングリッシュ流発音などを手本にしようと懸命になっていたころだ。佐藤春夫の詩(注釈)ではないが、山やスキー、シネマに明け暮れた学生時代の不勉強の取返しだった。

クラスメートmasuiのコピー
 

 まずイギリスのフォークソングやバラッドの洗礼を受けた最初のレコードを紹介しよう。それは、Jupiter Record of English and Scottish Ballads (Jupiter Recordings 106, 1959)というLPで、1962年アメリカのFolkways社からもFL9381として発売された。このLPのライナーノートのほうが英国盤付属のブックレットより歌詞などが完備していて参考するには便利だ。現在はCDにもなっている。後に執筆予定の「私とバラッド(3)小泉八雲からバラッドへ」で取り上げる平野敬一先生から戴いた『バラッドの世界』(ELEC、1979)78ページにもFolkways盤LPが参考資料として言及がある。当時はまだカセットもなく、重いオープン・リールのテープ・レコーダー時代であった。これに録音したバラッドから面白いものを新制中学生に解説し、聴かせてやると、私の顔を見るたびやんちゃ坊主が「ブローハイ、ブローロー」とからかったり、私があまり「キング先生が、キング先生が」と言うものだから「キング・コング」などと冷やかした。イギリスかぶれのキザな教師と思ったに違いない。英語テキストがJack and Bettyでアメリカ英語準拠なのに、わざわざブリティッシュ英語の録音を聴かせたりするものだから、イヤミに思われたのだろう。変な教師だったらしい。
 それでは今回は「ブローハイ、ブローロー」のバラッドを紹介しておこう。英語の各連の歌詞の次に、大意を掲げておく。チャイルド・バラッドでは285番の“The George Aloe and the Sweepstake” のバリアントらしく、Albert B. Friedman編纂の The Penguin Book of Folk Ballads of the English-Speaking World (1956) の408-09ページに音符とテキストが見える。下をクリックするとIsla Cameronの第1連のみが試聴できる。
https://folkways.si.edu/isla-cameron/high-barbaree/celtic-poetry/track/smithsonian

HIGH BARBAREE

There were two lofty ships from old England came
Blow high! Blow low!
So sailéd we ―
One was the Prince of Luther
And the other Prince of Wales
Cruising down the coast of High Barbaree.
(以下コーラス部分は省略)

(大意)おれたちゃ大英帝国の二隻の大艦の乗り組員だい
どんな時化(しけ)でも凪(なぎ)でもへっちゃらだい
いざ進めだ
かたやルーテル号
こなたウェールズ号
ハイババーリーの沿岸を航行しておった

Aloft there! Aloft! our jolly boatsman cried,
Look ahead, look astern,
Look a weather, look alee!
高い見張り台の上から 陽気な水夫が叫んだ
船首方向を見ろ 船尾方向を見ろ
風上を見ろ 風下を見ろと
        
There’s nought upon the stern, there is nought upon the lee,
But there’s a lofty ship to windward
And she’s sailing fast and free
Down along the coast of High Barbaree.
船首方向にも船尾方向にも何も見えず
だが風上からでっかい船がこっち向いて
全速で飛んできやがった
         
Oh, hail her! O, hail her! our gallant captain cried,
Are you a man- of- war,
Or a privateer? said he,
誰何(すいか)せよ 誰何せよ 我らの艦長が下知(げち)した
軍艦か
それとも民間船かと
          
I’m not a man- of- war, or a privateer, said he,
But I am a saucy pirate,
And I’m looking for my fee
Down etc.
軍艦でも民間船でもないわい
通行料をもらうぜ
          
’Twas broadside to broadside a long time we lay,
Until the Prince of Luther
Shot the pirate’s mast away,
Down etc.
おれたちゃ海賊船と舷側を並べてしばし対峙した
そのうちルーテル号が
大砲を一発敵船のメイン・マストをへし折った

Oh, mercy! Oh, mercy! those pirates then did cry,
But the mercy that we gave them
We sunk them in the sea,
Cruising etc (twice)
お慈悲を、お慈悲をと海賊めは言いやがった
そこで俺たちがくれてやったお慈悲とは
奴らを水底深く沈めてやることだった。
  (歌詞は、レコードについていたブックレットからであり、それには出版は1960年とある。)

歌手のイズラ・キャメロンはWe sunk them in the sea,のところで軽く笑っているように聞こえた。その昔スペインの無敵艦隊を破ったときも、海賊船が協力したとか言われている。いかにも海賊の国イギリスらしい勇ましい唄である。
 このレコードには、“The Wife of Usher’s Well”(Child 79)や “Marie Hamilton”(Child 173)のような伝承バラッド(Traditional Ballads)のほか、Thomas Hardyの “A Trampwoman’s Tragedy”のようなバラッド詩(Literary Ballads)も含まれ、またアメリカ南部のブルース “The House of the Rising Sun”も収録されており、バラッド入門のレコードとして是非座右に置いてほしい一枚である。私自身にとっては、英国盤LPは借りたものだから現物はないが、その後オープン・リールからカセット等にダビングしたものや、アマゾンの通販で求めたアメリカ版のCDはお宝みたいな大切な存在である。

(注)
若き二十(はたち)のころなれや
六年(むとせ)がほどはかよひしも
酒、歌、煙草また女
外(ほか)に学びしことはなし
(佐藤春夫著『閑談半日』「酒、歌、煙草、また女」(昭和9年)より)

* 添付写真の説明
キング先生とクラス・メートたち 1960年 撮影者不詳 後列左端は筆者