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Home 研究ノート 書評 バラッド研究会(編訳)『全訳 チャイルド・バラッド』全3巻

バラッド研究会(編訳)『全訳 チャイルド・バラッド』全3巻

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バラッド研究会(編訳)『全訳 チャイルド・バラッド』全3巻(音羽書房鶴見書店, 2005-2006)

伝承バラッドの参考文献として真っ先に挙げられる Francis James Child, The English and Scottish Popular Ballads, 5 vols. (1882-98) の訳である。バラッドの紹介および研究はチャイルドのこのコレクションを中心に行われてきた。出版されてからすでに1世紀以上も経っているので、編集方針などに関してはさまざまな欠点が指摘されてきたが、現在に至るまでこれに代わりうるバラッド集は出ていない。しかし、それにもかかわらずその全体像はそれほど知られていなかった。バラッドといえば、すでに英文学叢書の1冊に岡倉由三郎編 Old English Ballads (1924) が含まれていたが、これはテクストを読みやすく整えたWilliam Allingham 編 The Ballad Book (1865) を底本としていた。一般には最も普及したと思われる Quiller-Couch, ed., The Oxford Book of Ballads (1910) もやはり編修されたテクストが多く、出典さえも示していないので研究資料としては不適当であった。さらに、これらはチャイルドに基づいたエディションではなく、収録作品の数も質も異なっていた。他のバラッド集でも、チャイルドに準拠しているものはその簡約版として編集されたHelen Child Sargent and George Lyman Kittredge 共編の English and Scottish Popular Ballads (1904) 以外にはないだろう。本文の中で使われている『英蘇バラッド集』との日本語の呼称は古めかしいという印象がするが、バラッド研究が新しい展開を迎えている時期に出版されたことは大いに歓迎すべきことである。

チャイルドは民間伝承バラッドを305編に分けて、それぞれに多くの異版(version)を収集・校訂し、詳しい注釈を付けた。本訳書は、チャイルドのバラッド集に収められた305の各編から1つのヴァージョンを選び、解説を付している(正確に言うと「305プラス1」)。305全編の訳の出版はおそらく世界でも初めての試みであろう。絶後であるか否かは判断できないが、空前の出来事である。また、全体の分量から見るとすでに邦訳がなされているものはほんの一部であって、ほとんどが本邦初訳と言ってよい。時代も地域も方言もさまざまであるし、それらを日本語に移し変えるということだけをとってみても、共同作業とはいえ難事であったと推察する。英米の読者でも「解読」に苦労しているという話を聞くと、なおさらに編者・訳者諸氏の努力に敬意を表したい。

この訳書の価値は、いうまでもなく、イングランドとスコットランドの伝承バラッドの集大成を日本語で一望できることであり、これまで英詩選集などを通じて少数のバラッドに接してこられた読者は、バラッドに対する見方が変わってくるかもしれない。編者・訳者はそれを期待していることと察する。英詩選集などで扱われている作品は、数が少ないだけではなく、ある種の「好み」があって、そこから得られるバラッド観が必然的に偏ってくるのは否めなかった。たとえば、英詩選集ではボーダー・バラッドやロビン・フッド・バラッドがほとんど紹介されてこなかったことを鑑みると、これらが大量に翻訳されたことだけでも大いなる意義が認められる。

全体的な評は以上であるが、個々の問題点は残っている。まず、書名の「チャイルド・バラッド」について、チャイルド編版をそのように呼ぶ人もいるので誤用と言うつもりはないが、Bertrand Harris Bronson (The Traditional Tunes of the Child Ballads) の言う「チャイルド・バラッド」とか、Alan Lomax and Peter Kennedyのフィールドワーク録音集のレコード(The Folk Songs of Britain, vols. IV & V  [The Child Ballads 1 & 2])の「チャイルド・バラッド」は、チャイルドが集めたバラッドそのものではなくて、チャイルドによってお墨付きが与えられた305編と同じ系統に属するとみなされたバラッド(多くはチャイルド以降に多量に収集)を指している。この語法に従うと「チャイルド・バラッド」に「全訳」はありえない(また、書名の「全訳」とは異版・注も含めた5巻本バラッド集の完訳という意味でもない)。評者の見解では、Child ballad ではなくて Child’s ballad を対象としていることになる。もちろんチャイルド自身は「チャイルド・バラッド」とは一言も言っていない。「チャイルド・バラッド」とはチャイルド収録版が伝承バラッドのすべてではないとの前提で使われることが多い表現であり、書名にまで使用することはむしろ稀である。アメリカのチャイルド・バラッドを研究したTristram P. Coffin の書名はThe British Traditional Ballad in North America (1950) であった(序文中では「チャイルド・バラッド」とも言っているが)。本訳書に付された英語書名は Francis James Child’s The English and Scottish Popular Ballads であるので、簡単であっても訳書名についての説明がほしい。

確かに、チャイルドは鑑賞に向いた詩集ではないので、その配列は詩として順番に読むにはふさわしくないところがある。「チャイルド番号に従うと類似の物語ばかり集中する」(I-372;第1巻372頁を示す。以下同様)ので、配列を変えたとされる。とはいえ、「チャイルドの配列を無視」してはいない。各巻はとびとびにチャイルド番号順を踏襲している。各巻で新たに通し番号を付けて、その番号を解説で用いているために、チャイルドの原書との対応関係がわかりにくくなった。ロビン・フッド・バラッドは第2巻と第3巻、および関連する他のバラッド(チャイルド番号#115, #116)は第1巻に、と分けられている。新しい配列の基準も明瞭ではなく、評者のようにある程度チャイルド番号に親しんできたものにとっては、かえって配列が複雑になったという印象を受ける。チャイルド番号順に問題はあるものの、チャイルドのままの順序でよかったのではなかろうか。

各編から1つのヴァージョンを選ぶことは「苦しい選択」(I-iii)であった、という。伝承文学においては複数のヴァージョンがあること自体が伝承されている証の一つであるので、伝承バラッド集の翻訳としてはこの問題を見過ごすことができない。他のヴァージョンについては巻末の解説に委ねられているが、情報不足である。特にチャイルド以降に各作品がどこでどのように変化して伝承されてきたのかはもっと知りたいところである。たとえば、「魔性の恋人」(I-260)は “The House Carpenter” として歌われてきたことなど。たいていはチャイルドが最も重視したと考えられるA版が選ばれていることは妥当であるが、「エドワード」(I-22)はPercyからのB版、「オッタバーンの戦い」(I-186)はScottが4つのテクストから再構成したC版である。チャイルドはPercy やScottなどの版の伝承性に疑問を抱いて、あらたにバラッド集を編纂しなおしたのであるから、あえてそれらを採用するのであれば何らかの説明がいるだろう。あるいは、MacEdward Leach や Albert B. Friedman のバラッド集のように、一部の作品のみには複数のヴァージョンを示すという方法は考えられなかったのであろうか(全体の分量が増大するという問題が起こるとしても)。さらに、特定のヴァージョンを選ぶことによって、チャイルドが与えた統一題(解説では「原詩題名」)と一致しないという不都合も生じている。「ダグラス家の悲劇」(I-11)のように「例外的に」ヴァージョン独自のタイトルを採用したものもあるが、「サー・アルディンガー」(III-42)ではB版(“Sir Hugh le Blond” in Scott, Minstrelsy)が選ばれたために主人公の名前が「ロウディンガム」となっているし、「ウィリアムの亡霊」(I-83)という題にもかかわらず登場する亡霊の名は「クラーク・ソンダズ」である。このような不一致はいくつか見られる。もともと題名は確定的なものではなく、付いていなかったヴァージョンもあり、チャイルドの記述も不十分なところがある。しかし、選択された特定のヴァージョンの題に従うのが原則であろう。統一題に言及することが必要であれば索引や解説で補えばよい。なお、一般に知られている題(たとえば “Barbara Allen”)では索引からは見つからないことがある。“Bonny Barbra Allan” という原題かチャイルド番号(#84)を知っている必要がある。“Barbara Allen” も索引に加えて「Bonny Barbra Allanを見よ」といった相互参照が付いているとありがたい。

訳者によって同種の表現(たとえば、固有名詞の前の fair)が異なっていることもあるが、訳は概して読みやすい。ただ、歌の訳には独特の難しさがあるようだ。繰り返される同種の表現はいかにもくどいという印象をうけるし、視覚的にバーデン(burden) はわずらわしい。歌であれば、バーデンは旋律的で、物語は語るように歌われるのではっきりと区別できるが、文字化されたバーデンの場合、物語の進行の歌詞とが混在してしまう。意味のないはやし言葉のバーデンはカタカナ表記であるのでそれとわかるが、「娘が三人広間にいました/谷間にきれいな花が咲き/男が三人やってきました/赤と緑と黄の服を着て」(「残酷な兄」I-17)における2行目と4行目などは、段落を下げるだけではなくて、カッコに入れるとかフォントを変えるなどの何らかの視覚的な工夫があったほうがよい。また、数は少ないものの、個々の語句の訳には賛成しかねるところもある。多分意図的であろうが、king の妻である queen の多くが「女王」と訳されている。たとえば、「ジェーン女王(Queen Jane)の死」(II-152)の主人公はヘンリー8世の后であるし、「残酷な兄」(I-17)における「おお きれいな娘さん ぼくの女王にならないか」の原文は “O lady fair, will you be my queen?” である。評者ならば「王妃、后、嫁さん」などとしたい。

巻末にある各作品の解説はチャイルドの要約ではない。おそらく担当の訳者が違うためであろうが、あらすじの有無、語注の有無などは一貫していない。しかし、歴史物などの背景はチャイルドの原著に比べるとはるかに簡潔で読みやすいし、語句の解釈などもなされている。また、ところどころにliterary ballad への言及があることは、チャイルドには見られないことで、訳者諸氏の関心を示すものであろう。ただし、かなり多くの作品に出典(初出の記録)が示されていないことは気になる。時代は13世紀末から19世紀まで、地域はスコットランドとイングランドの各地にわたるのに、地域も採録年代も付されていないものが多いことは不便である。チャイルド番号および版(アルファベット)が示されているので原著を参照すればわかるが、出典記録はそれほどのスペースをとることではないので、付けて欲しかった。なお、「ユダ」(II-26)は、スタンザ区分がなされていることと語句の相違(tunesmen を cunesmen と解している)から、チャイルド収録版のテクストに基づいていないようである。チャイルド版の「ユダ」には問題があるので、チャイルド以後の校訂テクストを参照すること自体には賛成であるが、出典先の変更を一言述べて欲しい(また、チャイルドの中ではこれが最古であることにも)。

翻訳以外にも、ボーダー・バラッド(II)、ロビン・フッド・バラッド(III)に関する論考がある。参考文献はボーダー・バラッドの論考に付いている。これらのバラッドは紹介される機会が少なかったので掲載したことは理解できるし、論考も興味深いが、序文・総論・あとがきのみにして論考は『チャイルド・バラッド研究論集』などの形でまとめられたらいかがであろうか。「総論」そのものは「チャイルドの世界—まえがきに代えて」(I)と「チャイルド・バラッドの全訳を終えて」(III)が相当するのであろうが、このバラッド集の完成に至る経緯・性格・特徴と編者のチャイルドに関してはもう少し解説して欲しかった(Dover版に再録されている Kittredge のチャイルド小伝と Hart 論文の要約でもよい)。たとえば、チャイルドがいかなるバラッドを採用し、あるいは採用しなかったのかという知識はバラッドの理解そのものに関わってくるからである。本バラッド集の特質を論じるためには、彼の8巻本バラッド集(English and Scottish Ballads, 1857-58)以降の長い道のりにも触れる必要がある。また、原著を参照したい読者のためには、Dover 以外のリプリント版(Folklore Press, Cooper Square Publishers, Kessinger Publishing)、訂正版(Loomis House Press から刊行中)、CD-Rom 版(Heritage Muse)などの紹介も欲しい(現在では、Internet Archive から電子画像も入手できる)。

幾つかの無いものねだりをしてきたが、それらが無くとも本訳書の価値が低下するわけではない。労作であることに変わりはないし、単なるバラッド紹介にとどまらず今後のバラッド研究にも大いに寄与することになるであろう。バラッドは多面の性格を有する。詩・歌謡・民俗・歴史などが総合されたものであって、他の研究分野でも扱われてきた。最も係わり合いが深いのは民俗学であり、そこではテクスト中心のチャイルドの研究は古いタイプの代表として常に批判の対象になっていた。その批判の多くはこの訳書にもあてはまる。また、文学研究の対象・範囲・方法をどこに設定するかは大きな問題であるし、口承文芸をダイナミックなものとして理解しようとする文芸研究者も少なくない。しかし、本訳書は詩としての側面を中心になされたものであるから、他の関心からの批評は的を射ていないおそれがある。評者は歌謡ないし民俗として見ることに関心が強いので、そのために見解が相違しているところがあるとしたら、それは本訳書ではなくて評者自身の問題である。[『英文学研究』(November 2008) 85: 173-77; 日本英文学会より転載許可(2010/1/14)]

最終更新 2011年 5月 28日(土曜日) 11:22  

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