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Home 研究ノート 文献解題 Akiko Kamata, Mythological Impersonation in John Keats

Akiko Kamata, Mythological Impersonation in John Keats

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Akiko Kamata, Mythological Impersonation in John Keats (Otowa-Shobo Tsurumi-Shoten, 2010).
(鎌田明子『ジョン・キーツにおける神話的偽装』音羽書房鶴見書店、2010年)

著者鎌田明子氏は、ロマン派詩人John Keats (1795-1821)について15年の研究歴を持つ中堅研究者である。本書は、鎌田氏の学位論文 “Mythological Impersonation in John Keats”(「ジョン・キーツにおける神話的偽装」、2006年3月取得)を書き改めて出版されたものである。

ジョン・キーツは25歳で早世し6年足らずの執筆期間しか持たなかった詩人であるが、長編短編併せて多くの作品を残している。Endymion(『エンディミオン』、1818)、Hyperion(『ハイペリオン』、1818)、The Fall of Hyperion (『ハイペリオンの没落』、1819)などの長編叙事詩は、ギリシャ・ローマの神話を題材に取った作品だが、ストーリー展開が冗長であることや結末が曖昧であるために失敗作と見なされており、オードやソネットなどの短い作品に詩人の本領がある、というのが一般的なキーツ評価である。

このような一般論を背景に、鎌田氏は20世紀前半に本格的に始まったキーツの神話的な作品研究の手法を取り入れ、キーツの作品を神話の再創造として読み直すという論考を本書で行っている。神話の影響を論じるにあたっての鎌田氏の独自性は、キーツに影響を与えた伝承バラッドやロマンスに見られるフォークロア的な題材を神話の枠組みで捉え直している点にある。本書ではまず、詩人としての出発時から神話再創造という方向性を持ってキーツが作品を書いた証拠として、『エンディミオン』、『ハイペリオン』、『ハイペリオンの没落』などの叙事詩が再評価される。次に、伝承バラッドとロマンスを土台にして書かれた短編バラッド詩“La Belle Dame sans Merci”(「つれなき美女」、1819)が、神話再創造というキーツの目的のひとつの到達点として論じられる。最後に、長編詩Lamia(『レイミア』、1820)が、キーツ個人の意識を神話によって完全に偽装した、独自の神話再創造の結果として論じられる。神話再創造という詩人の目的を縦糸とし、書簡と伝記から伝えられる詩人の私的な悲しみや内的葛藤の軌跡を横糸として、叙事詩からバラッド詩へ、さらに最後の長編詩へと、1818年から20年までの短い期間に、キーツがどのように神話再創造の道のりを辿ったかについて、キーツ作品のみならず言及されるテキストすべての詳細な分析によって明らかにされている。以下は、解題者が理解した論の概要と展開をまとめたものである。

Introduction(序章)
神話的解釈の先行研究を俯瞰すると、最近の神話研究の白眉として、桂冠詩人Andrew Motion(アンドルー・モーション)著Keats (『キーツ』)(1997)が挙げられる。ロマン派時代にギリシャ・ローマ神話がリバイバルとなった理由について、ロマン派詩人たちが古典の持つ精神的な優位性に憧れたことと、キリスト教への不信感が拡大した時代に、詩人たちがキリスト教以前の世界へ目を向けたことを、モーションは指摘している。

Chapter 1  Personal Mythopoeia(第1章 個人としての神話創造)
キーツの古典への傾倒は、英詩の偉大な先人たちへの崇拝に始まった。キーツの崇拝の対象はエリザベス朝詩人Edmund Spenser(エドマンド・スペンサー)と王政復古期の詩人John Milton(ジョン・ミルトン)であり、『エンディミオン』には2人の詩人からの影響が明らかに見られる。しかし、自らの未熟さを認識し、それがコンプレックスともなっていたキーツは、偉大すぎるミルトンに対してよりは、スペンサーに安心感を見いだしていた。とは言え、スペンサーのThe Faerie Queene(『妖精の女王』、1590 & 1596)とキーツの『エンディミオン』には決定的な相違がある。それは、スペンサーは情欲や孤独を軽蔑の対象として描いているが、キーツは人間精神を成長させる活性剤として描く点である。生身の性欲と孤独に気付く主人公エンディミオンには、人間の不可解さに対するキーツの真摯な態度が反映されており、この叙事詩に深みを与えている。キーツはこの作品において個人としての神話創造を開始したが、そのテーマは「弱さは人間性の完成のために不可欠であることを示すこと」であった。

Chapter 2  Roads to a New Mythology(第2章 新しい神話への道のり)
一連の長編叙事詩に着手した1818年、キーツの身辺で悲劇が連続し、詩人は感情の混乱を経験し、知識の乏しさを一層自覚する。『エンディミオン』でキーツは「不完全は完全に変化しうる」というオプティミスティックなテーマを掲げたが、『ハイペリオン』では詩人のテーマは「不完全は完全にはなりえない」に変化し、「人間の揺れ動きの発見」がキーツの神話創造の新しいテーマとなった。しかし、詩人の感情の混乱が『ハイペリオン』の主人公である弱いApollo (アポロ)に反映されたために、作品は中断された。『ハイペリオンの没落』では主人公と距離を置き、神々の葛藤と理想の詩人像を描こうとしたが、ミルトン的な細部へのこだわりのためにまたもや中断となった。これらの一連の経験を通して育まれた詩人の哲学‘negative capability’(「消極的能力」)は詩人に‘selflessness’(「無我」)を気付かせ、この後の「つれなき美女」や『レイミア』において揺れ動く自己を偽装して表現するという、新しい神話創造への道のりを踏み出す要因となった。他方、この年のアイルランド旅行でキーツは幾多の収穫を得た。ブリテン島最高峰のベンネヴィス山に登った経験は『ハイペリオン』の背景描写に活かされ、庶民との交流とバラッドとの出会いは、バラッド詩“Old Meg she was a Gipsey”(「ジプシーの老女メグ」、1818)に実を結んだ。伝記に有名な3人の女性たちとの出会いも、キーツの作品の女性像に影響を与えた。『エンディミオン』以降の作品では、男性の主人公は女性の登場人物に付き添われており、彼女たちは主人公の母親のような面を持ち、同時に、主人公の命を奪う役でもある。このような曖昧な女性像は、「つれなき美女」の妖婦像に繋がるものである。

Chapter III  A New Mythology: Aspiration and Achievement(第3章 新しい神話:野望と達成)
バラッド・リバイバルの時代の洗礼も受けたキーツは伝承バラッドの‘impersonality’(「非個性」)に惹かれ、バラッド詩“Robin Hood”(「ロビン・フッド」、1818)を書き、ロビンの不在とヒーローの死による喪失感をシンプルなスタイルで描いた。「つれなき美女」も伝承バラッド“Thomas Rymer”(「うた人トマス」)と中世ロマンスThomas off Erceldoune(『アースルドゥーンのトマス』)からの模倣詩である。硬質で活力あるバラッド・スタンザに拠った描写は『エンディミオン』よりはるかにシンプルでありながら、ダイアローグを不完全に構築し、各スタンザ3行目のiambic trimeter(弱強3歩格)と4行目のユニークな韻律によって、騎士の内面世界としての‘anogy’(「苦悶」)とその病的な反芻をバラッド・スタイルという偽装によって表現し、新しい神話の創造に成功した。

逆境の中で鬱状態に陥ったキーツは、17世紀の神学者Robert Burton(ロバート・バートン)が著したAnatomy of Melancholy(『鬱病の分析』、1621)中の愛をめぐる鬱病の例に基づいて、最後の神話的作品『レイミア』を執筆した。蛇の姿のレイミアのグロテスクさ、表現の過剰さ、不潔さ、これらと同時に彼女が備えた美しさの両面価値は、そのままキーツが実人生で経験した喜びと悲しみの間の激しい感情の揺れを象徴する。他方、レイミアの虜となる若き哲学者Lycius(リシウス)には、名声にこだわりながら人間嫌い、謙虚でありながら横柄という、キーツの二面性が映されている。レイミアとリシウスの婚礼の席で彼女の蛇の本性が暴かれ、レイミアは破滅するが、夢と覚醒、理想と現実の間で痛ましく揺れるリシウスこそはこの時期のキーツ自身だった。詩人は自ら自覚する弱点を神話によって完璧に偽装し、それを客観的な物語に昇華した。その行為は、ちょうど古代人が信仰を神話に託した行為と同じであり、キーツはこの作品によって個人の意識の偽装としての神話の再創造に成功したのである。

Conclusion(結論)
キーツが個人的な意識を偽装する神話の再創造を意図したこと、つまり、そこに至る「消極的能力」を十全に受容しようとしたことは、彼のオードによって一層確信される。“Ode on Melancholy”(「憂鬱のオード」、1819)では、「鬱病の解決は死である」と言ったバートンを否定して、悲しみを十分に味わうことこそがその解決であり、悲しみの中に喜びがあると詩人はうたい、困難に立ち向かいそれに耐える姿勢を示した。“Ode to Psyche”(「魂のオード」、1819)では、詩人は‘mutable bliss’(「移ろいやすい至福」)を女神Psyche(プシューケー)の神殿として作品中に打ち立てた。悲しみも喜びも移ろいやすさの中にあることを、キーツはその若き晩年に発見したのである。

以上が本書の概要と展開である。解題者はキーツ研究に不案内であり、的を得ていないことを懸念するが、本書の注目すべき点と理解しづらかった点を述べて、本解題の結びとしたい。

(1)    従来からなされていたキーツの神話研究と確立途上にあるキーツのバラッド詩研究を結び付けるという著者独自の着眼点によって、叙事詩としては不成功だった作品の再評価と、重要視されていないバラッド詩の意義付けを同時に行うという、大胆で興味深い試みがなされている。そのことによって、キーツ作品全体の評価を高める議論がなされていることに好感が持たれた。
(2)    議論の展開にあたってはテキストそのものから例証が十分に与えられている。スペンサーの『妖精の女王』、ミルトンのParadise Lost(『失楽園』、1667)、ロビン・フッド・バラッド群、中世ロマンス『アースルドゥーンのトマス』など、いずれも大部の作品を著者が読み込んでおり、それに基づいて議論がなされていることは本書の論考に信頼を与えている。
(3)    早世の詩人の理想化されたイメージを裏切るような、名声へのこだわり、作品を理解できない読者大衆への軽蔑、人生経験の乏しさ故の焦燥感、私情に翻弄され患う精神、これらと相反する、人生への大きな期待感、真摯な現実認識など、等身大の詩人像が、友人John Hamilton Reynolds(ジョン・ハミルトン・レイノルズ)へ当てた書簡と伝記を十分に援用することによって描かれている。そこには人間キーツに対する著者の愛情が感じられる。
(4)    伝承バラッドやロマンスに見られるフォークロア的な題材を、神話と同じくキーツの偽装手段と想定するときの前提について、もう少し説明が欲しいと思われた。両者が読者対象を知的エリートに限定した文学ではなく、社会または共同体の中で伝承され、非個性を特色とするという点で同じ位置づけとなることは、議論の展開によって読者に理解される。しかし、「序章」での「神話という言葉使いはキーツの定義に従っており、フォークロアを神話に加える意図は、これがキーツの神話創造に貢献しているから」という部分には物足りなさを感じ、「結論」での「キーツの個人的な苦悩を、集団の中でうたわれ読まれるバラッドや神話のスタイルで表現することは、読者に自らの弱みをさらすこと」という部分には若干の唐突感を持った。
(5)    本書は博士論文を書き改めた出版物であるので、本書を指す言葉として何度も使われる‘dissertation’(「学位論文」)は不適切である。また、巻末にIndexが置かれていれば読者には利便性が高かったと思われる。

上記 (1)から(3)は、鎌田氏が時間をかけて丁寧にキーツ研究に取り組まれてきたことを証明するものである。(4)と(5)はそのことを否定するものではない。

最終更新 2010年 7月 01日(木曜日) 10:23  

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