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詩人Morgan O’Doherty

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[以前この研究ノートで報告した詩人Morgan O’Dohertyについての追跡調査、およびGoogle Booksの利用について。内容は、今年7月3日に日本カレドニア学会研究会において行った発表の一部。]

Blackwood’s Magazineにおいて1819年に発表された‘The Rime of the Auncient Waggonere’(「老御者行」)は、Coleridgeの‘The Rime of the Ancient Mariner’(1797-98)とWordsworthの‘The Waggoner’(1819)を巧みに引用・利用して書かれたパロディ・バラッド詩である。作者はブラックウッズの常連寄稿者であったMorgan O’Dohertyなる人物であるが、その正体をめぐる説は長年スコットランド詩人David Macbeth Moirとするものと、アイルランド詩人William Maginnとするものとに二分している。オドハティの正体はともかく、「老御者行」の作者はモイヤである可能性が高い。それにも拘わらず、二説の対立という複雑な状況をつくりだした原因は単純であり、次の3点があげられる。

1.    そもそもオドハティという実在のアイルランド兵・詩人がいたこと
モーガン・オドハティというのは、実在の人物であり、Ensign Morgan Odohertyあるいは、Ensign and Adjutant Odohertyとよばれたアイルランド兵であった。Ensignとは「最下級兵士」、Adjutantとは「下級兵士」を意味する。この人物について、ブラックウッズの編集者の一人Thomas Hamiltonは、1818年2月から4月にかけて、つまり「老御者行」が発表される一年前、‘Some Account of the Life and Writings of Ensign and Adjutant Odoherty, Late of the 99th Regiment’というエッセイを発表し、オドハティは大酒呑みで女好きのアイルランド兵であり詩人であると紹介した。

2. 二人ともオドハティというペンネームを使っていたこと
1789年生まれのアイルランド兵オドハティは、ハミルトンがエッセイを発表した1818年には若くして亡くなっていたが、翌年の1819年、モイヤとJohn Gibson Lockhartはオドハティのペンネームを使って、この魅力的なアイルランド人をブラックウッズの中に再生させた。つまり、同号に掲載された「老御者行」の作者はモイヤである可能性が格段に高い。一方のマギンも、同じ1819年にブラックウッズに寄稿を始めるが、マギンと初めて会ったブラックウッドはモイヤにあてた手紙で、‘[Maginn] has come over quite on purpose to see me, and, till he introduced himself to me on Monday, I did not know his name, or any thing of him, except by his letters under an assumed signature, like yourself.’ 1 と述べており、マギンもまた、オドハティというペンネームを使っていたことが仄めかされている。この手紙を見る限り、モイヤの方が先にこのペンネームを使っていたという印象が強いが、批評家マッケンジーはマギンが1818年には既にオドハティのペンネームを使い始めていたと指摘している。2

3. 二人が創り出した「オドハティ」が、ブラックウッズの読者の間で人気を博し、その人気がやがて一人歩きをはじめたこと
オドハティの名前で数多くの詩や批評がブラックウッズに掲載されたが、その痛烈で豪快でさっぱりとした文体から、その人気は高まっていった。こうしてモイヤとマギンという二人の作者が作り出した詩人オドハティは、一人の人物としてブラックウッズの読者の間で人気を獲得し、その人気はやがて一人歩きをはじめる。オドハティの名前はブラックウッズ以外の雑誌にもたびたび登場するようになった。例えば、The Medical Adviser, and guide to health and long lifeという医学関連の定期刊行物にはオドハティが三度も登場する。

ここですこし話しを逸れるが、当時の医学関連の定期刊行物事情について紹介したい。18世紀の終わりごろ、理想主義的で空想的な医学理論や治療法がブームとなり、19世紀に入ると、The British Medical JournalEdinburgh Medical Journalといった医学関連の定期刊行物が急激に増えていった。1800年には、わずか10種類ほどであった刊行物は、1820年には30種類、1840年には60種類、1890年には120種類にまで増えた。Medical Adviserは1823年から1825年にかけて、Alexander Burnettという医者が編集し発行した刊行物である。一週間に一冊ずつ発行され、一冊15ページほどの冊子であった。

Medical Adviser の創刊理由について編集者は、1. 一般の人々に医学的なアドバイスの根拠を示すこと、2. 分かりにくい専門用語やくどさをとりのぞいて、アニマル・エコノミーに関連する科学のあらゆる分野に有益な知識を広めること、3. 医師の領域内で世の中のあらゆるできごとを批評すること、4. いんちきな治療を根底から攻撃すること、と説明している。3 ジャーナルの数が増えれば増えるほど、却って一般の人々を惑わせる傾向があった。2のアニマル・エコノミーとは、動物界の基本的なルールを意味し、動物組織の基本構造や運動の根本機制を解剖学によって解明する学問で、当時ブームであった人間の体の基本構造に対する一般の人々の興味をかきたてる研究分野であった。これに関連する本は1801年のAn Introduction to the Study of the Animal Economyをはじめ、1812年のAn Essay on Diet and Regimen、1821年のA General System of Toxicology、1827年のObservations on Certain Parts of the Animal Economy、1829年のConversations on the Animal Economy、など次々と出版された。これらは全て専門書ではなく、一般向けに書かれたものである。Conversations on the Animal Economyなどは、お馬鹿な女の子エミリーとドクターBとの会話でアニマル・エコノミーを説明していくという面白い作品である。このアニマル・エコノミーという言葉は、「老御者行」のPart 3の4連目のグロス部分にも登場する。当時、話題となっていたアニマル・エコノミーを、おそらくモイヤであろうオドハティが敏感にとらえ、作品中に登場させたのだと考えられる。

今回の発表の準備にあたりGoogle Booksを利用したことで、医学関連の雑誌や書籍に多く目を通すことができた。米国GoogleのGoogle Books Searchは、米国著作者協会と米国出版社協会に著作権侵害だとして訴えられた他、何かと問題も多いが、我々研究者にとっては、絶版本も含め、キーワードを入力するだけでジャンルを問わず書籍を閲覧できるという大きな利点がある。勿論、全ての書籍の中身を閲覧できるわけではなく、また書誌情報のページが欠落していることもあり、著者名や編集者名、発行年に関する情報が得られなかったりするといった不便もある。

The Medical Adviserの1824年10月23日発行の第48号の表紙には、左手にパンチの入ったグラスを持ち、向こう側を透かして眺めるご機嫌なオドハティが描かれている。(左下)

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この表紙に続くのは、肺の消耗に関する記事で、パンチではなくミルクを飲むべきだ、といったアドバイスが書かれている。このように、オドハティの絵は、次に続く記事の前座の役割を果たしている。

この絵のオドハティは、アイルランド兵オドハティではない。彼は、1818年に雑誌に登場して以来すっかり有名になった、ブラックウッズのオドハティである。そしてこのオドハティ像にぴたりと当てはまったのは、モイヤではなく、The Encyclopaedia of Irelandがその人となりを “Known as ‘Doctor,’ he was widely admired for learning and wit deplored for irregular habits arising from drink” 4 と伝えるマギンであった。

次号49号のオドハティは、不機嫌極まりない顔をしている。(右上)その理由は絵の下に付された言葉から、酒代のつけを払わなければならなくなったからだということが分かる。この号では、パンチを禁じる理由は、つけを払うのが大変だぞという、前号よりも現実的なものとなっている。

翌年の1825年2月の64号には2ページにわたって“Sir Morgan O’Dohoerty’s Patient.”という小話が掲載されている。呑んでも呑んでも喉が渇いて仕方がないという患者に対して医者は、主治医は誰だと問う。患者は酔っぱらってしゃっくりを繰り返しながら、オドハティ医師だと答える。さらに患者は、オドハティ医師との出会いについて、Mr. Ambrose’sでHogg氏に紹介されたのだと語る。Mr. Ambroseというのは、“Noctes Ambrosian”(「アンブローズ夜話」)というブラックウッズ誌上に1824年から35年にかけて連載されていた対話形式の読みものを意識した名前である。架空の酒場アンブロウズィズで交わされる会話の著者は複数で、その中にはJohn Wilson (‘Christopher North’)、ホッグ、ロックハート、そしてマギンがいた。マギンはこの中でオドハティのペンネームを使っている。マギンはその博識ぶりから、引用4にも言及されているように、ドクターの愛称で呼ばれていた。モイヤの方は実際に医者であったが、この表紙のオドハティがスコットランド人のモイヤである可能性は低い。

このように「老御者行」の作者オドハティはモイヤであり、「アンブローズ夜話」のオドハティはマギンであろうことはほぼ間違いないが、その他の作品やエッセイについては未だ解決しない点が多い。オドハティの正体をめぐる調査は今後もGoogle Booksを利用して続行する予定である。


1 Shelton Mackenzie, The Fraserian Papers of the LateWilliam Maginn, LL. D. Annotated, with a Life of the Author (Redfield, 1857).
<http://books.google.co.jp/books?id=gbGLZ56Fnw8C&pg>
2 Cf. The Fraserian Papers.
3 Alexander Burnett, ed., The Medical Adviser, and Guide to Health and Long Life
4 Brian Lalor, ed., The Encyclopaedia of Ireland (Dublin, 2003).
(London, 1824). <http://books.google.co.jp/ books?id=ruYEAAAAQAAJ&pg>

 

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