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Home 研究ノート 第3回会合シンポジウム報告

第3回会合シンポジウム報告

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小説の中のバラッド ─ ルイス、シェリー、ハーディ、カシュナーはどのようにバラッドを使ったか ─ <2010年3月28日(土)京都大学吉田キャンパス>

1. 発表要旨
中島久代「ゴシシズムと摸倣—The Monkとバラッド詩—」
: 本発表のテーマは、M. G. Lewis (1775-1818)のThe Monk (1796)中のバラッド詩の意味を、バラッド詩の成立要因としての「摸倣」という視点から考察することにあった。

“The Hunting of the Cheviot”からの摸倣が見られる“Durandarte and Belerma”は、アンブロシオとマチルダが禁断の性愛に至る予兆となっている。ドイツ詩人ヘルダーの“Der Wassermann” (1779)の翻訳であり、“The Mother’s Malison, or, Clyde’s Water”からの摸倣が見られる“The Water-King”は、アグネスの地下牢での幽閉と出産という受難を予告する。ドイツ詩人ビュルガーの“Lenore” (1773)の模倣である“Alonzo the Brave and Fair Imogine”は、偽装毒殺と墓場での強姦殺人というアントニアの恐怖と苦悩の予告となっている。バラッド詩は挿入場面以降の事件を予告し、小説のゴシシズムを盛り上げている。

しかし、小説中のバラッド詩には独立した評価や広告が存在する。Sir Walter Scottはこれらのバラッド詩にドイツ・ロマン派のイギリスへの輸入という意義を見い出し、William Hazlittはゴシック小説の清涼剤としての役割を詩に見出した。また「勇者アロンゾと美しいイモジン」は長く単独で新聞雑誌に掲載され、チャップブックにも取り上げられた。さらに、小説の発売日に新聞に打たれた宣伝は小説中の詩を強調したものだった。『マンク』の人気が摸倣詩の面白さにも拠っていたことは明らかである。

摸倣という創作行為は、小説中のバラッド詩に限らず、英独文学の種々のpre-textsからプロットとモチーフを援用して書かれたこの小説全体が示していることでもある。この小説は、摸倣=創作という原始的かつ普遍的な芸術行為をゴシシズムをテーマとして示しており、バラッド詩は『マンク』における模倣の重要性を象徴的に示唆しているのである。

バラッド詩自体はパロディ化傾向を辿ったが、ルイス自らも「勇者アロンゾと美しいイモジン」のパロディ詩“Giles Jollup the Grave and Brown Sally Green” (1798)を書いている。A. B. Friedmanの指摘によれば、パロディ化はゴシシズムの摸倣が行き着く先の姿である。『マンク』が生んだパロディ・バラッド詩は、ゴシシズムと摸倣の結びつきが必然的であることを示している。意図的な摸倣を公言し、パロディ化を孕む小説『マンク』は、パスティーシュの文学と言えよう。

Q&A
Q1: 『マンク』に挿入されたバラッド詩のパロディ化に言及されたが、この小説の第2章の、マチルダがアンブロシオを誘惑するという芝居がかったプロットの展開は、まさに Samuel Richardson のもうひとつの著名な小説Pamela (1740)的なるもののパロディとなっているのではないか。

A1: Pamelaは読んでいないので、大変申し訳ないが、マチルダのアンブロシオ誘惑のパロディ化かどうかお答えできない。しかし、この発表で言及した他にも、ルイスが摸倣した作品はまだまだあるので、Pamelaの摸倣とパロディ化もありうるかもしれない。言及した以外の摸倣として、例えば、‘Graveyard School’の創始者でスコットランド詩人Robert Blair (1699-1746)の“The Grave” (1743)の一節は、“Alonzo the Brave and Fair Imogine”で蛆虫がアロンゾの骸骨に這い回る場面に摸倣されている。パロディ化でもう一言付け加えれば、『マンク』の出版2年後1798年には、小説全体がパロディ化されたThe New Monkという小説がR. S. という人物によって書かれている。アンブロシオはメソジストの説教師に、聖クレア修道院はロッド寄宿学校に置き換えられている。

Q2: “The Water-King”の摸倣元として、伝承バラッド‘The Mother’s Malison, or, Clyde’s Water’ (Child 216C 「母の呪い」)を挙げられたが、川に入って溺れかかるという描写は他の伝承バラッド、例えば “Child Waters” (Child  63)などにもある。
A2: その通りである。

伊藤真紀「ゴシック小説St. Irvyne; or the Rosicrucian: a Romanceとバラッド」: ロマン派詩人P. B. Shelley (1792-1822)は初期に小説を2作執筆している。その2作目のゴシック小説St. Irvyne; or the Rosicrucian: a Romance (1811)にはシェリーのバラッド詩“Sister Rosa: A Ballad”が挿入されている。この作品は2つの独立したプロットから成っており、その2つに共通している唯一の人物がGinotti(別名Nempere)という男である。今回の発表ではこのジノッティを中心に分析し、バラッドを挿入した狙いについて考えることで小説のテーマを考察した。

ジノッティは知識への渇望、死の謎、神の存在への疑問に駆られ、ある実験で若者を死なせた。この死をきっかけに更に永遠の命への欲求が高まり不死の薬を作りだす。彼が死の恐怖に怯え、自殺を試みながらも死ねない様、神への大胆な態度はロマン派詩人たちが影響を受けた Thomas Percy編纂のReliques of Ancient English Poetryに収められた“The Wandering Jew”の伝説を想起させる。しかし、ジノッティという人物は永遠の命を求める点から、「さまよえるユダヤ人」の死ねない苦しみとは異なる。不死と知識を求める様にはファウストの姿も重ねることができるため不死のテーマが複雑になっているが、そこにはシェリーの狙いがある。シェリーが抱いていたキリスト教への不信感を表現しようとしたからではないか。彼はThe Necessity of Atheismなどから神を否定していると考えられがちであるが、彼が否定しているのはキリスト教制度や神を利用する聖職者である。特に儀式や懲罰などを嫌ったシェリーには「さまよえるユダヤ人」の伝説が懲罰そのものに見えたのではないか。そのため彼は伝説のモチーフを使用する一方で、ファウスト的な永遠の命を求める姿によって「さまよえるユダヤ人」伝説の<永遠に生きる罰>を否定する人物ジノッティを描いたのである。

「シスター・ローザ」では埋葬されている修道女Rosaが怨みをもって修道士の所へ現れる場面がある。ローザは肉体的には死んでいるが、精神は生きており、この肉体的な死と精神とが別になっている様はジノッティの末路の伏線と考えられる。彼は別名のネムペアとして一度死ぬが、最後にジノッティとして亡霊のような様で再登場するのである。更に、死してなお愛憎に囚われている男女は、神を伴侶とし禁欲を誓ったはずの修道士と修道女であり、キリスト教制度への批判を読み取ることができる。

シェリーはキリスト教への不信、「さまよえるユダヤ人」の伝説やゴシシズムという彼の関心を表現する装置としてバラッドを効果的に小説に織り込んだと考えられる。

近藤和子「Tess of the d’Urbervilles の中のバラッド」:Thomas Hardy(1840-1928) の後期の代表作の一つ、『ダーバヴィル家のテス』の中で取り上げられているバラッド、全9編の内容を調べてプロットとの関連を考察する。

①“The Spotted Cow” ②“The Ballad of the Mystic Robe”(この2編はタイトルとその作品の2行が挿入) ③“The Break o’ the Day”(タイトルとその1節が挿入) ④“Cupid’s Garden” ⑤“I Have Parks, I Have Hounds” ⑥“The Tailor’s Breeches”  ⑦ “Such a Beauty I Did Grow”(④⑤⑥⑦の4編はタイトルのみ)⑧「仕事仲間の女たちがテスをからかい半分に歌ったバラッド」と説明があるもの ⑨「牛の乳の出を促すために『殺人犯が絞首刑を怖がるバラッド』を歌うと良い」と説明があるもの。

これらの出典に関し、“The Ballad of the Mystic Robe” はPercy のReliques の1番(Vol.3)またはChild のESPB の29番「少年とマント」から、残りの8編はHardyの故郷Dorset州を中心に採譜されたfolksongやballadの“Hammond & Gardiner MSS”とHardy 自身による聞き取り記録からの引用である。

テスの母親の愛唱歌“The Spotted Cow” は「緑の森で処女を失う娘の話」で、テスの処女喪失を暗示する。⑧のテスを赤面させたバラッドは、未婚の母を歌った“Catch-Me-If-You-Can”と推測される。⑨の乳搾りたちが歌ったバラッド“The Prentice Boy” のテーマは「殺人、絞首刑」で、この小説の最終場面の伏線となっている。花嫁衣装を羽織ったテスの脳裏に浮かんだ“The Ballad of the Mystic Robe” のテーマは「不貞」で、エンジェルとの結婚の破綻を暗示する。エンジェルの愛唱歌③④⑤の内、“The Break o’ the Day”は 「長閑(のどか)な情景の中の恋人たちを歌ったもの」(因みにこの作品だけはバラッドではない)、“Cupid’s Garden”は「処女だと答えた方の娘を選ぶ男の話」で、あくまでも処女性に拘(こだわ)ったエンジェルを浮き彫りにし、“I Have Parks, I Have Hounds” は「収穫の喜びを歌ったもの」で、農業経営に夢を託した彼の思いと重なる。彼が嫌った“The Tailor’s Breeches” は「酔っぱらい男の下品な話」、“Such a Beauty I Did Grow” は「美貌と教養をひけらかす男の話」となっており、裏を返せば、実は高慢なエンジェルの本心が露見されており、その人物像の一端が浮かび上がってくる。

挿入された作品の内容を把握してみると、それぞれのバラッドは実に適切に選択され、プロットの網目に深く入り込み、両者は緊密な関係を保ち、各場面の状況を設定し、その展開を前面に押し進めたり、また人物造型を側面から補強する役割も担っていることが判明した。今後、Hardyの他の作品に挿入されているバラッドも調べてみる必要がありそうだ。

Q & A
Q1 : 挿入のバラッドは、Hardy の周辺で実際に歌われていたものか。
A1: その通りである。 Hardy が生まれ育った環境では、村人たちが口承のバラッドなどを自然な形で歌っていて、その内の何編かをHardyは記録していた。また Hammond とGardinerが中心になり1905年から1909年の間にHardy の故郷Dorset州で蒐集した、実際に歌われていた曲からもHardy は引用している。ただし、“The Ballad of the Mystic Robe”だけはReliques またはESPBからの引用である。

高本孝子「ファンタジー小説としての『吟遊詩人トーマス』: エレン・カシュナー(1955- )の『吟遊詩人トーマス』 (1991)は、“Thomas Rhymer”, “The Famous Flower of Serving Men”, “Trees They Do Grow High”など複数の伝承バラッドを下敷きとしたファンタジー小説である。プロットの大枠は伝承バラッドの「うたびとトマス」に沿っているが、全体としては、13世紀のスコットランドを舞台として、トーマスの精神的成長を辿る、一種の教養小説の趣を持っている。その際にキーワードとなるのは「変化」だと思われる。

バラッド版「トーマス」においては、キリスト教的世界と異教的世界の混在がテーマとなっているが、小説版においては、永遠に不滅で不変の妖精界に対し、限りある命を持ち、常に変化し続ける人間の姿が対比させられている。妖精界に身を置くことでトーマスは老衰・死の宿命をつきつけられ苦しむが、一方で、妖精たちはトーマスの放つ「熱」(人間の持つ生命力のメタファー)に対し、抗しがたい魅力を感じるのである。バラッドに登場する、トーマスが渡る「血の川」の血は“beautifully warm”であり、死との関連よりもむしろ、「出産の血」や「処女の血」など、新しい生命との関連で捉えられている。死があるからこそ生命エネルギーが生じるのであり、生と死は裏表の関係にあると言える。

また、「変化」は、老衰・死というネガティブな面だけではなく、精神的成長というポジティブな面も持っている。虚言癖のある軽薄な若者だったトーマスは、妖精の女王から口をきいてはならないという掟を課され、妖精界での試練を経ることにより、「嘘をつけない舌」を持った「まことのトーマス」に成長していくのだ。さらに、人間界にあってはお抱え音楽師、妖精界にあっては女王の愛人という隷属的立場に置かれることで、同じ立場の者たちに対する共感と愛情を育み、ひとりの人間として精神的自立を果たすまでになる。

人間界に戻ったトーマスは、実の息子の死・自分自身の死を予知し、人知れず苦しむが、妻エルスペスの深い愛情によって、支えられ、心安らかに妖精女王のお迎えを受ける。老衰・死という過酷な運命は人間同士の愛によって乗り越えていくことが示唆される。このように、『吟遊詩人トーマス』は妖精との対比を軸とし、「変化」する存在としての人間に対する賛歌だと言うことができよう。

Q & A
Q1. トーマスと妖精女王が愛をかわし合う場面描写は非常に官能的だが、それはなぜか。
Q2. 小説へのバラッドの取り入れ方が、なぜか取ってつけたような印象を与えるのだが、それはなぜか。

上記の2つの質問については、大変申し訳ないことに、その場では適切な答えを提供することができなかった。しかし、この2点は小説のテーマ・評価にかかわる重要な指摘だと感じ、現在この2点を解明すべく小論を準備中である。完成し次第、HPに掲載したいと考えている。

Q3. 妖精の色が緑色だということになっているのはなぜか。

緑色は森の植物の色であるとのお答えをフロアからいただいた。

2. 全体に関する感想
今回のシンポジウムに向け、9月と1月に打ち合わせを行い、3月に入ってからは原稿をメールで回覧してコメントを寄せ合うなどの準備を行った。意見を交換し合うことで各々の発表内容を深めることができ、大変有意義であった。

内容に関して言えば、各時代の小説について、作品中のバラッドが作品全体のテーマを打ち出す上でどのように機能しているかを、テキストの分析にもとづいて明らかにすることができた。質問時間があまり取れなかったのが残念であったが、全体としては充実した内容のシンポジウムになったと思う。(高本孝子)

 

 

 

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