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Home 研究ノート 伝承バラッドの録音文化における展開 ―《酷き母》50異本の言葉と音楽 その2 チューンについて

伝承バラッドの録音文化における展開 ―《酷き母》50異本の言葉と音楽 その2 チューンについて

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録音資料がバラッド伝承の新たな源となっている現状をふまえ、52の《酷き母The cruel mother》(Child20)の姿を描き出そうとする本稿は、「伝承バラッドの録音文化における展開―《酷き母》50異本の言葉と音楽 その1 歌詞について」の続編である。問題の所在および方法論については「その1」を、資料の詳細については「その3 資料編」を参照していただくとして、さっそく本題に入ることにしよう。ここでは、録音資料に見られるチューンの広がり具合について考察してみたい。

バラッドのチューンを考える上で注意しなければならないのは、1つのタイトルに用いられるチューンがいつでも1つであるとは限らないこと、つまり歌詞とチューンが一対一対応であるとは限らないことである。つまり、音楽面からみた《酷き母》の世界は、いくつかのチューンと、それが伝承される過程で起こる個々のヴァリアント、それらを歌う歌い手の個人様式、さらには1回1回のパフォーマンスで提示される細かな差異を包含するかたちで形成されていることになる。

では、《酷き母》について、ブロンソンが提示している56種類のチューンと、筆者が収集した録音資料52種類のチューンの対応関係を調べ、録音版のチューンにどの程度の広がりがあるのか、見ていくことにしよう。作業の手順は次の通りである。

①チューンを分類する
②ブロンソン版のチューンとの対応関係を調べる
③録音版にあってブロンソン版にないものの来歴を調査する
④ヴァージョンごとに旋律のパラダイム分析を行い、ヴァージョン内のヴァリアントがどのように生成されるか、その道筋あるいは可能性を示す。

ここでは、①と②について概略を述べる。まず、今回集めた録音をチューン別に分類し、それぞれに旋法と音域を示す名前をつけた。旋法は、C,D,E,F,G,Aの六種類を想定したが、これらはイオニア、ドリア、フリギア、リディア、ミクソリディア、エオリアと呼ばれる旋法の考え方と同様である。音域は、主音から1オクターブ上の主音までの範囲であれば正格旋法(authentic)とし、頭文字aを、主音を中心に上下に広がるものであれば変格旋法(plagal)とし、頭文字pを付した。さらに、同じ旋法、音域であっても明らかに異なるチューンであれば、1,2…と識別番号をふった。たとえばAp1とAp2は、どちらもAの変格旋法だがふしが違うという意味になる。こうしてすべてに名前をつけて分類した結果、52種類の録音パフォーマンスは15の異なるチューン・グループに分類できた。この数は意外に多いというのが率直な感想である。

次に、ブロンソンのチューンにも同じ手順で名前を付け、録音版との対応関係を調べてみた。すると、ブロンソンのCa1、Ga1、Ga2、Aa1、Aa2、Ap1の6種類のチューンが、録音版にも見られることがわかった。これはブロンソン56曲中の10曲に相当する。しかしながら、残りの46曲分のチューンは、録音版にはない。今度は逆に、録音版にあってブロンソン版にないチューンを探してみると、それらはCa2、Cp1、Cp2、C→A、C/G、Da、Dp、Ap2 という8種類であった。ブロンソンの仕事は広範かつ綿密であったが、それでもカヴァーしきれないものがあったということは、現在でも家や地域の伝承が続いていることを示唆している。これは、第一次口頭伝承が第二次口頭伝承に受け継がれたよい例であろう。

ブロンソン版56曲がほぼ50種類の違ったチューンであることに比べれば、52曲が15のチューンに分類できた録音版では、チューンの広がりは狭い、つまり、少ない数のチューンに絞られてきている、ということは言える。しかし、同じチューンを用いていても歌い手によってずいぶん印象が異なる。そこには、①他の演奏家と同じような演奏をしたくないという商業歌手のアイデンティティ意識、②楽器の使用に伴って必要になった和声付け解釈の相違、③しばしば②に由来する旋法性から長短調への変化およびその解釈の相違、④歌い手がもつ音楽的背景がもたらすアレンジやテンポ、歌い方の相違、といった様々な要因を指摘することができよう。

さて、拙稿「その1」に、録音資料における歌詞の傾向として、断片的な語りから秩序的、説明的な語りへの変化を指摘したが、この、「わかって」ほしいという意図は、音楽を用いた時間の区切り方にも現れている。今回の録音資料では、52中33のケースが、声だけでなく楽器が加わる演奏になっており、中には楽器を利用して「間奏」を挿入する例がある。そのすべてにおいて間奏のタイミングを調べてみると、次の3箇所に集中していることがわかった。ひとつは殺人あるいは埋葬の後、もうひとつは亡霊に出会う前の時空間の移動部分、3つめは、出会った亡霊をわが子と認識した母親が一瞬呆然とし、気持ちを落ち着けて次の問いを発するまでの間である。いずれも、場面転換や時間の経過、登場人物の心情を表すのに効力を発揮する。つまり、伝統的な無伴奏のパフォーマンスに比べて、楽器が入るほうがより説明的になれるわけで、録音文化は音楽的側面でも、新しい局面に入ったと言える。

ここで、「その1」に掲げた問い―録音版の情報は収斂傾向にあるのか拡散しているのか―に戻れば、チューンの種類が減少しているという意味では収斂だが、同じチューンでも個々のパフォーマンスの差異が大きいという意味では拡散傾向にあると言ってよい。つまり、数的には収斂傾向にあるけれども質的には拡散していくと考えられるだろう。

今回の調査で、録音文化ではブロンソン版のチューンがいくつか引き継がれていたことに加え、ブロンソン版にないチューンも複数存在することが明らかになったが、これは、第一次口頭性が発展しながら第二次口頭性に受け継がれたよい例である。口頭伝承とそれを掬い上げた書記文化、さらに録音文化は、確かに接続性があると考えられよう。

最後に、いわゆる「トラディショナル」という言葉の融通性を指摘しておこう。録音版における様々な試みや変容を許しているのが、録音版の解説書に付けられた「トラディショナル」というクレジット表記である。たとえもともとは誰かの演奏の聞き覚えであっても、参照元を作者不詳の「トラディショナル」に帰すことで、著作権の制約からはずれて模倣に近いことも出来れば、その語が本来もっている民衆に開かれた性質を利用して、自分なりの実験もできる。変化の可能性は依然として大きいわけである。

「トラディショナル」という記号は便利なもので、過去と未来との双方向のベクトルをもっている。伝承に忠実であるという態度の表明になる一方で、自由な試みを許容し、限りなく未来に開かれた記号にもなる。地域に限定された口頭伝承が危機的状況にある現在、録音版は新たな伝承の源として、地域を越えて活用されていくに違いない。
 

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