アバディーン・レポート (2)   山崎 遼

 ご無沙汰しております。英国アバディーン大学に留学中の山﨑遼です。今回はこちらでの年末年始の様子について書かせていただきます。

1. パントマイム
 前期の授業が終了した一週間後の12月には期末考査が二つあり、どちらも無事に終了しました。考査が終わると、教員・スタッフを含めた研究所の皆で劇場にパントマイムを見に行きました。パントマイムは通常‘panto’と略され、英国では無言劇ではなくクリスマスの時期に行われる喜劇を指します。多くの場合、内容は有名な民話や童話のパロディであり、今回私が見たのはアラジンのパロディでした。時事問題や地元のニュースを盛り込んだ非常にユーモラスな劇で、聴衆との掛け合いも豊富な興味深いパフォーマンスでした。

2. グラスゴー旅行
 年末にはこちらに来て初めての旅行に出かけました。初めてグラスゴーを訪れ、ケルビングローブ美術館・博物館とオーヘントッシャン蒸留所を訪問しました。民俗学は作家や芸術家など一握りのプロによる作品よりも、むしろ一般の人々の日々の生活文化を研究する学問です。それにずっと浸っていると、著名な芸術作品などのいわゆる「ハイアート」に対する教養がなかなか身につきません。そればかりか、そうした芸術に対する反発心のようなものまでが湧き上がってきてしまい、これはあまり健全ではありません。そのため、このタイミングでケルビングローブを訪れてハイアートをじっくり鑑賞することができたのは色々な意味で良かったと思います。
 一方のオーヘントッシャン蒸留所はグラスゴーの中心部から離れているものの、年末とは思えないほど観光客で賑わっていました。昨今のシングルモルト・ブームに乗って多くの蒸留所が多種多様な土産物を販売する立派なビジターセンターを設置していますが、ここも例外ではありません。私も勉強熱心な観光客となり、これもスコットランド文化だと言い訳をしつつツアーとテイスティングを大いに楽しみました。テイスティングではウィスキーの楽しみ方も教えてもらえるのですが、蒸溜所やスタッフによってテイスティングの哲学が異なるのが面白いところです。ウィスキーに水や氷を入れることに対する大らかさや、口に含んでからの味わい方など、一つ一つが細かく違います。ちなみに今回テイスティングを担当してくれたスタッフは「ウィスキーは一番美味しく飲める状態で出荷されているのだから水・氷は一切入れない方がいい」という原理主義的な立場でした。
 ちなみにテイスティングには18年と20年が含まれていなかったのですが、封の開いている瓶があれば香りだけでも……と頼むと、何とこっそり飲ませてくれました。ちょっと嬉しい、蒸溜所ならではの体験でした。

3. 新暦の火祭り ‘Stonehaven Fireball Festival’
 スコットランドでは大晦日をHogmanay(ホグマネイ)と呼びます。こちらで年末年始を過ごせることはこの先ないかもしれないと思った私は、大晦日にストーンへイブンという隣町で行われる火祭り‘Fireball Festival’に行ってみることにしました。レンタカーを借り、恐れていたラウンドアバウト(環状交差点)もなんとかやり過ごして小一時間ほどでストーンヘイブンに無事到着しました。
 この祭りは19世紀末に消失しようとしていた伝統を人々が精力的に復興していったものです。年が明けるとともに町民が火の玉を振り回して大通りを往復し、最後にそれを海へ投げ入れるという一風変わったお祭りです。火の玉は金網のカゴに薪などの可燃物を入れ(私物を入れる人もいます)、ハンドルとなるワイヤーを取り付けて作られます。火の玉を振り回す役になるためにはストーンヘイブン在住であることが条件で、毎年希望者の一部が栄誉あるfireball swingerとなることができます。
 新年の10秒前からカウントダウンが始まり、0時になるとバグパイプに先導されてfireball swingerたちがHappy New Year!と叫びながら行進してきました。彼らは自分で作った火の玉が燃え尽きるまで20分ほど通りを往復し、最後にそれを海に放り込みました。
 私は極寒のなか場所取りをして約二時間じっと待っていたため、火の玉がやって来た時には感動よりも「あったかい……」と感じるのが先でした。しかし思い返せば、これは非常に象徴的な体験であったと気づきました。体の芯まで冷え切ることでその一年が終わりゆくことを身を持って知り、顔のすぐ側までやって来る火の玉の熱で新年の息吹を感じることができるのです。凍えるような寒さは、おそらく祭りの一部だったのだと思います。
 火には清めの作用もあると考えられます。火の玉はそれを振り回す人の周りを回り、その個人を浄化します。また振り回す人は道の両端を歩くため、観衆もその浄化作用の恩恵にあずかることができます。そして火の玉が町の大通りを往復することにより、その町全体を清める意味合いもあるのではないかと思います。最後に海に放り込むのも、何か象徴的な意味がありそうです(投げ込まれた火の玉は翌朝きちんと回収されます)。
 祭りの公式パンフレットには、「これと似たような祭りは世界に一つだけある。熊本県阿蘇市の火振り神事だ」と書かれておりました。こちらもいつか見に行ければと思っております。ちなみに今回の体験を綴った私の記事が地元紙Leopard Magazineに掲載される予定です。

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(Stonehaven Fireball Festival)


4. 旧暦の火祭り ‘The Burning of the Clavie’
 旧暦の元旦である1月11日には、指導教官に引き連れられてもう一つの火祭り‘The Burning of the Clavie’に参加しました。この祭りはアバディーンよりさらに北のバークヘッドという町で11日の夜6時頃から行われます。クレイヴィー(Clavie)とは、樽を半分に割ってその中に燃料を詰め、それに柄を取りつけたものを指します。そのクレイヴィーに火をつけて町中を歩き回り、最後にはそれを丘の上の台座に立て、燃料をかけて燃え尽きるまで見守るのです。
 時折クレイヴィーからは樽の一部が燃え落ちます。それを持ち帰ればそれが厄を払ってくれるという信仰があるらしいのですが、樽の破片は真っ赤に燃える炭なので素手では持てません。そこで観衆の多くは水に濡らしたタオルを持参し、それで樽の欠片を冷まして持って帰っていました。私も大きな破片を二つ手に入れることができました。
 凍えるような寒さを除けば、この祭りはストーンヘイブンのものとは様々な面で対照的でした。バグパイプに電飾を施すなど随所に現代的な要素が見られたFireballsとは異なり、こちらは新たな要素を取り入れるのを嫌い、古くから形を変えずに行われてきています。またFireballsは観衆が道路の両側で待機して参加者を観察する構図でしたが、こちらは絶えず動き回るクレイヴィーを追って観衆が常に移動するというダイナミックな祭りでした。結果として新暦と旧暦の両方において新年の火祭りに参加することができたのは非常に幸運だったと思います。

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(The Burning of the Clavie)


5. ロバート・バーンズを讃える‘Burns Supper’
 スコットランドでは国民詩人ロバート・バーンズの誕生日である1月25日及びその前後に彼を讃える宴Burns Supperが開かれます。研究所でも過去の卒業生などを呼んでこれを行うことになっており、なぜか私は所長から開会の儀を任されてしまいました。当日、私はバーンズの詩‘Address to a Haggis’をスコッツ語で暗唱しながら巨大なハギスを切り裂き、責務を全うしました。こちらに来て一番緊張した瞬間でした。
 同じ週、ゲール語の授業で知り合った夫婦に自宅でのBurns Supperに招かれ、ここでも開会の儀を行うよう頼まれました。日本人がスコッツ語でハギスを讃える詩を朗唱する絵は非常に面白いらしく、大変喜んでくれたようでした。
 さらに同じ週、ポーランドとスコットランドの友好を祝うBurns Supperにも参加し、そこでPolish-Scottish Song and Story Groupの一員としてスコットランドとポーランドの伝承歌を披露しました。一年に三度Burns Supperに参加する人はなかなかいないのではないでしょうか。ハギスも一年分食べたような気がします。

 年末年始は、スコットランドの祝祭や行事に立ち会うことができた貴重な期間でした。授業でも暦の行事(calendar customs)に関して学んではいましたが、実際に目で見て空気を感じ、そこにいる人々から話を聞いてみると、その行事がどのような意味合いを持ち、そこでどのような機能を果たしているかが少しばかり理解できたような気がしました。同時に、実際の人々との関わりや交流が民俗学研究の醍醐味でもあるのだと強く実感しました。今後とも理論と実践をバランス良く身につけていきたいと考えております。次回は後期の授業や活動について書かせていただきます。