第46回国際バラッド学会

 国際バラッド学会会長トーマス・マケインさんには、第7回(2015)会合で「生きている伝統:トラベラーズのスコティッシュ・バラッド(物語歌)」と題する講演をしていただきました。2016年の第46回国際バラッド学会(The 46th Kommission für Volksdichtung / International Ballad Conference)は、アイルランド、リムリック大学のIrish World Academy of Music and Danceを会場として、6月27日から7月1日まで開催され、本協会の3人の会員(ウェルズ恵子さん・三木菜緒美・中島久代)が参加しました。マケインさんと再会し、この学会が日本バラッド協会と運営や雰囲気に共通点があるという発見もありましたので、概要等を報告します。

 今回の大会テーマは「解放・抵抗・レジスタンス運動のソング」でした。研究発表のタイトルから拾うと、「スカンジナビアのバラッド分類の再考 — 物語に見るジェンダーパワー・服従・抵抗」、「‘Kill the Boer, shoot the farmer’ — 南アフリカの戦争と抗議のソング」、「“The Last Outlaws” — 正義と自由を求めた19世紀のルーマニアの闘士たちの肖像」といった発表は、発表者または取り上げた国のバラッド・ソングと社会や独立抗争の関わりを追求するものであり、また、「18世紀のバラッドの印刷 — Berkshire TragedyのDicey版とMarshall版の比較」、「大西洋を渡ってうたい継がれた二つの歴史バラッド — La muerte del principe don JuanThe Death of Queen Jane」、「バーンズの ‘A Man’s a Man’とブレヒトの ‘Ballad of a Dead Soldier’」といった発表は、バラッド(ソング・物語)のテキストの変遷とその意義を論じるものであり、他にも「ポルトガルにおけるロマンス(バラッド)の収集と収集家たち」といった、自国のバラッド収集に関する現状報告等もありました。
 発表者はスウェーデン、ドイツ、ベルギー、ルーマニアなどのヨーロッパを中心として、南アフリカや韓国からの参加もあり、プレゼンテーションの英語は必ずしも教科書的ではない場合もありましたが、発表毎に強い個性があり、「インターナショナル」を協会名に冠しているだけのことはあると思われました。
 開催期間の途中で行われたビジネスミーティングでの話題や、参加者たちと話して判ったことは、この学会が50年という歴史を持つこと、今は大半が英語使用になっているが、発表は英語・フランス語・ドイツ語のいずれかを選択することが可能であること、学会の参加費は必要だが所属会費は無料であること、学会の開催を担当する開催機関(開催国の事情に合わせて3日半や4日間ということもあるようだが、この辺りは非常に臨機応変)には学会から決まった額の援助金があること、年に一度の学会にはそれぞれの研究を持ち寄り意見・情報を交換し合うと同時にヴァカンス的な楽しみも期待して人々は集ること、などです。バラッド・ソングの研究はアカデミックにはなかなか受け入れてもらえない分野であるのが悩みだとつぶやく参加者もありました。

 しかし、この学会の大きな特徴は、バラッドが広義に物語・ナラティヴ・ソング・ロマンスを含んだものと理解されているという、自由度の高さにあるようです。また、多くの参加者にとって「バラッドに興味があること」=「うたえること」のようであり、発表の中では、CDなどの音源利用の他にYoutubeが頻繁に活用されましたが、発表者自らがブズーキやギターを発表中に演奏して紹介するという場面も多くありましたし、夕食会やバスハイクの途中にも、アカペラで次々にお国自慢の歌が披露されました。ある時、食事がだいたい終わる頃にブルターニュ地方からの参加者が突然歌い始めました。宴会の食べ物飲み物を祝福する歌をフランス語で歌いながら、各テーブルを回り、言葉遊びのように母音韻ができるものを各テーブルで探し、一曲をうたいきったのでした。その後も、開催国アイルランドのゲール語の歌、スロバキアの伝統歌、スコットランドのバラッドなど次々と披露されました。発表者の名前を挙げて作り変えた即興パロディ・バラッドもやんやの喝采を浴びていました。
 このように、この学会の最大の醍醐味は、全体が非常に和気あいあいとしていて、フレンドリーな雰囲気であることです。適度に人々が入れ替わる5日間、すべて発表のみに専念するのではなく、毎日昼食や夕食を共にしたり、開催期間途中に設けられた小旅行で、互いの親睦を深め、自由に情報を交換し合える時間が豊富にあることから、その雰囲気は生まれているのだと思われます。
 West Clareへのバスハイクの帰り、Coolaclareの街の300年の歴史を誇る古いパブで、保存会の人々が次々にエンドレスにバラッド(ソング)をうたいつづけ、学会の参加者も飛び入りで歌を披露した時間は、バラッド(ソング)が人を繋ぐことを示したクライマックスだったかもしれません。聞き手はじっと耳を澄まして聞き入り、少しでもうるさいと「しーっ」とたしなめ合い、笑い合い、リフレインやコーラスの部分では唱和するのでした。

 開催日の夕方のレセプションで、Irish World Academy of Music and Danceの設立者、ミホール・オースローワンさんが強調した‘connection’、ビジネスミーティングで幹事の人々が強調した‘diversity’、これらふたつのキーワードが今後もこの学会のバックボーンであることを実感しました。
                                                    文責(中島久代・三木菜緒美)